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□アルトリウム
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もう何度も肌を、躯を重ねているけれど、ふとした瞬間に、いつも思う。


月明りだけが頼りの薄暗い部屋の中は、とろりとした甘く濃密な空気に満たされている。


王様を迎える苦しさに、浅く息を吐いて耐えていると、額に、頬にふわりとしたキスが降りてくる。
何度も、何度も。


『大切に、されている』


普段は豪胆で大ざっぱなこの人が、こんな風に、羽に触るかのように、繊細に優しく触れてくるのを知っているのは、きっと俺だけだ。

『大切に、大切にされているんだ』


そう感じる度、胸の奥に、ほわ、と、綿毛のように小さく柔らかな、暖かいものが生まれて、
俺は今、世界で一番幸福な存在なのだ、と、思う。

 
―ああ、…どうしよう…
 泣きそう―…


「…啓太?」
「あ…」

いつの間にか、王様が俺の顔を覗き込んでいて。
その長い指で、そっと目尻を拭ってくれて。

「悪ィ…辛いか…?」

本当に心配そうに、そう聞いてくるから、

「…っちが…」
俺は慌てて、ふるふると首を振った。

「辛いんじゃ、なくて…」

―…幸せで……幸せで。


そう、ちゃんと言わなきゃいけないのに、胸がいっぱいでうまく言葉にならない。
またじわりと涙が溢れてきて、王様の顔が滲んだ。

「…っ…き」
「?」
 
「すき…です。王様…大好き……!」

―足りない。

こんな言葉なんかじゃ、全然足りない。

俺が、どんなにどんなに幸せか、あなたに全部伝えたいのに。

「すき…で……んっ」
うわごとのように繰り返す俺の唇を、王様のそれが塞いできた。
そのまま、言葉ごと舌を絡め取られて、深く深く口付けられる。
「んぅ……」
舌の付け根が痺れて、体中の力が王様に吸い取られてしまうまで。


キス…なら、伝わるかな…


「…は……」
とろん、とした目で、俺をようやく開放してくれた王様の顔を見上げた。
 
間近にある王様の、相変わらず整った、男らしい精悍な顔立ち。
額には、うっすら汗が浮かんでいる。
長いキスのせいか、王様も少し息が上がっていて、俺の唇に、頬に、一定の間隔でかかる、熱い息がくすぐったい。

そんなささいな―そしておそらくは俺しか知らないであろう―表情に、堪らなくなる。

「おうさま…だいすき…」

いい言葉も浮かばないし、呂律もまわらないけれど、

ほんのかけらでもいい、この温かい気持ちが、あなたに伝わりますように。


ささやかな、しかし切なる願いを込めて、俺は王様の頭を引き寄せた。
 
 
 

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