連話

□いつの日にかふたりで
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もうとっくに年は越してしまったから、大行列に並んでまで初詣をしなきゃならないなんて情熱も信仰心も無かった。

だけどお正月特有のウキウキする感じと頬っぺたが強張るような真冬の冴えた空気の中、土方さんと並んで歩くのが楽しくて、僕はいつも以上にはしゃいでいたと思う。

「何祈ったんだ?」

せっかく並んだんだからってお賽銭を少し奮発して、その分欲張ってあれこれ願い事を唱えていたら、僕があんまりいつまでも動かないのに焦れた土方さんが腕を引いて最前列から退けさせた。

「世界平和」

「嘘吐け。大方どっか行きてぇとか何か食いてぇとかそんなんだろ」

「あ、失礼な。そんなんじゃないもん」

ハハッと明るく笑って歩き出す背中を追って、土方さんのコートのポケットに手を入れる。

チラッと振り返った土方さんも手を入れて、狭いポケットの中でしっかりと指を絡ませた。

「土方さんは?何お祈りしたんですか?」

「核兵器廃絶」

「嘘だぁ」

「嘘なもんか。俺は平和主義者だ」

「喧嘩ならどんな手を使ってでも勝つって人が、聞いて呆れますよ」

冗談を交わしながら歩く向こうの方で、ヤンキー兄ちゃんが警備のお巡りさんと揉めていたり、お父さんの腕に抱えられてイナバウアー並みに仰け反って爆睡するチビッコがいたり、誰もが皆平穏なお正月を過ごしていて、これだけの人混みの中なら僕等が不自然なくらいくっついてたって目立たない。

本当はね、土方さんと今年も来年もずっと一緒に居られますようにってお祈りしたんだ。

それから近藤さんの家内安全と、今年の仕事が上手くいくといいなっていうのと、土方さんがもう少しだけ暇になるといいなっていうのと。

100円でこんなにお願い事したら、神様も呆れるかな。

そんなものはただの占いだと揶揄われながら引いたおみくじは中吉だったけど、待ち人は傍に居るって書かれてたし、健康運は吉、金運なんて願わずとも良し、だって。

ちっちゃい金色の亀とか蛙とかが入ってるおみくじには、打出の小槌が入っていた。

暖簾みたいにびっしりぶら下がったおみくじを結ぶ特設会場には目もくれずにお財布に大事に仕舞って、これで今年の運はいつも僕と一緒。

巫女さんの格好をした女の人(どうせバイトだ)がお屠蘇を振舞っていたけど、あんな薬臭いお酒は嫌いだし、きっと土方さんも好きじゃないだろうからって勝手に決めて甘酒を飲んで、大通りの方まで所狭しと並んだ屋台で買ったたこ焼きを半分こして食べて、あんず飴とりんご飴といちご飴とで迷って結局全部買った。

あんず飴は最中の皮に乗っかってて、持って帰るのには邪魔そうだったから歩きながら食べた。

本当はあんずよりスモモの方が好きだったりするしなんかネチャネチャしててあまり美味しくなかったし、最中と水飴が絡まったのが上顎にくっついてイヤだったから、半分は土方さんに押しつけた。

ビニール袋が掛けられた姫りんごといちごの飴はツヤツヤして真っ赤で美味しそうで、だからこれは帰ってからのお楽しみ。

「砂糖の塊ばっか食ってたら腹出るぞ」

綿あめも買おうとしたら土方さんに止められて、甘くなきゃいいんでしょってフランクフルトを食べたら、「今直ぐ帰ろう」って目の色が変わった。

ふふん、作戦成功。

わざわざ棒のついた細長いものばっかり、それも態と舐め回すようにして食べて見せたらさ、ムラッとするかなと思ってさ。

狙い通りその気になったらしい土方さんは、今夜は僕等の乗る線は終夜運転してるのにも関わらず、人混みを掻き分けるように大通りに出てタクシーを拾った。

「え?土方さん家に帰るんじゃないんですか」

運転手さんに告げたのは僕の住所で、土方さんの広いお部屋でイチャイチャしようと思ってた僕はちょっと慌てた。

「おまえン家の方が近ぇだろ」

どうという風でもなくそう言って、すっと耳元に寄せられた唇が低く「早く食わせろ」なんて囁く。

それはシてる時に僕を呼ぶ声とそっくりで、耳元で喋られるのが堪らない僕はそれだけで背筋がぞわっとした。

「うち、狭いですよ。食べる物何も無いし」

「いいさ」

「寒いし」

「直ぐ暑くなる」

「散らかってるし」

「ベッドだけ片付いてりゃ問題無ぇ」

「………ですね…」

ダメだこりゃ。

もうこれは何がどうあってもうちに来て姫始めするつもりらしい…って、それは僕もそのつもりだったからいいんだけど。

でもうち、壁薄いんだよね。

隣のテレビの音とか、生活音が結構身近に聞こえるくらいだから、何て言うかその、そういう声とかも筒抜けな訳で。

まあ、口押さえられて無理矢理っぽくガンガン掘られるのもそれはそれで悪くないんだけど、でもどうせなら我慢しないで喚きたかった。

だから土方さんの、広くて壁も分厚い立派なマンションがいいなって思ったのに。

東の空が薄明るくなってきた明け方の道路は神社の混雑が嘘みたいに空いていて、僕等の乗ったタクシーは信号に引っ掛かりもせずにスイスイ進んで、いつもの半分くらいの時間で到着した。

後部座席を極力見ないようにしながら、でもしっかり聞き耳を立ててたらしい運転手さんは、僕を半ば抱えるようにして早く降りようと浮き足立つ土方さんと目を合わさずに代金を告げた。

ポケットから無造作に掴み出した5千円札を放るようにして降りた背中に向ける笑顔は、まあ、この上なく感じが良かったけど。

だよね、2千円ちょっとの支払いに5千円渡してお釣りも受け取らないなんてお客、今時そうそういないだろうから。

この人ってどうしてこういう雑なお金の使い方するのかな。

後でお説教してやらなきゃ。





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