紫陽花
□序章
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梅雨のせいで湿気を帯びた6月の日。
「吸ってー、吐いてぇー…あともう少しよ、頑張って!」
とある小さな村の女性が出産を迎えようとしていた。助産婦と村の女性、そして夫が産もうと必死なそれを固唾を飲んで見守る。
「ふぅ……んんーっ」
あと少しで母親になるであろう女性は子供を産み落とそうと、激痛に耐え力を入れる。
普通なら何の問題もなく生まれ落ちるはずだった。しかし、問題は起きてしまった。
「ふぅ、ひゅう、ふぅ…ん…んんん――ッ!?」
「え……?」
「おぎゃあっおぎゃあっ」
赤ん坊が顔を出すと同時に、女性の股から――というより赤ん坊から、紫陽花を思わせる鮮やかな紫色をした電気が走った。そのあまりの衝撃に女性の身体がびくん、とのけ反り、ぐりんと白眼をむく。
目の前の出来事に誰もが言葉を失った。
赤ん坊から電気が走り母親を殺すなど、誰が考えよう。
夫は、呆然としたまま立ち尽くし、震える唇で愛しい妻の名を呼んだ。
「エレン……?」
その声をかき消すかのようにザァザァと雨が降り、紫色の紫陽花は雨粒に揺れて涙を流した。
沈黙が訪れた空間に、激しい雨音と赤ん坊の泣き声だけが響いた。