book1
□baby don't cry
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「ほら、何でも好きなの頼みな!」
予定外の出費だが、そこは目を瞑ろう。
適当に入ったファミレスで俺は瞬にメニューボードを差し出した。
「いいの…?」
瞬は遠慮がちに尋ねた。
「腹減ってんだろ?いいから頼めよ。子供が遠慮なんかするな。」
「…じゃあ、僕、オムライスがいい…兄さんがよく作ってくれるの。それがすごく美味しくて!」
「ふうん…ずいぶん世話好きな兄貴だな。フツーはそういうの母親がするもんじゃねえか?」
「僕、お母さんいないから…」
あ、マズいこと言っちまったか、俺。
「でも、兄さんがいてくれればそれでいいの。ちっとも寂しくなんかないんだ。」
瞬はそう言って俺に微笑んだ。
さっきの泣き顔もいいが、やはり笑顔が一番可愛い。
兄貴も今頃さぞや心配しているだろうが、残念ながら無事に返してやるつもりはない。
注文していたオムライスが来ると、瞬は大喜びで匙を動かした。
何故だろう。
ガキが嬉しそうに物食ってるとこ見るとなんだか、こっちまで気分良くなるっていうか…見てるだけで腹いっぱいになる感じだ。
「おじさんは、食べないの…?」
「俺は別に腹減ってねえからな。コーヒーで十分だ。」
コーヒーカップを傾けながら俺が言うと、瞬は安心したように笑った。口についたケチャップを指で拭ってやると、周囲の奴らが「良いお父さんね」と小声で俺を賛美した。
誰がお父さんだ、誰が!
俺のもくろみを知ったら、奴らはきっと思いきり顔をしかめるだろう。
瞬が何故か急に箸を…じゃなかった、匙を止めた。
「どうした…?もう腹いっぱいか?」
「…やっぱり兄さんの味にはかなわないや…」
瞬はみるみるうちに涙目になった。
「お、おいっ!こんなところで泣くな。」
「兄さんに…会いたい。」
「分かった。会わせてやるから、すぐ泣くな。一応男だろ、お前。」
一応という言葉を気にしたのか、瞬はちょっとムッとした表情を俺に向けた。
ガキの分際でプライドだけは一人前にあるようだ。
「だいたい何であんな街中で兄貴といたんだ?」
「…僕…今日が誕生日で…兄さんがプレゼントを選んでやるから一緒に街へ行こうって誘ってくれたんだ。」
「ふうん…」
それで人混みに紛れて離れ離れになったって訳か。
「僕が恐竜のおもちゃなんか欲しいって言わなければ良かったんだ…」
誕生日だってのに、大事な兄貴とはぐれて、こんな悪い大人に捕まっちまうなんてホントついてない奴だ。
「兄さん…お腹すいてないかな…」
兄貴の心配なんかしてる場合じゃないっての。
「食い終わったら探してやるって…」
何故なんだ。
こいつの顔を見ていると、つい優しくしちまう。
誕生日…か。
ケーキでも買ってやったら、また笑ってくれるだろうか。
ファミレスを出てから、俺はケーキ屋までまっすぐ車を走らせた。
「好きなケーキ、何でも選んでいいぜ。」
地獄を見る前に、情けをかけてやる。
「うわー…綺麗。」
ショーケースに並んだ色とりどりのケーキに、瞬の目は釘付けだ。
「ケーキ、見たことねえのか?」
「こんなに沢山見たの、初めて!ホントに何でも選んでいいの?」
「ああ、誕生日だからな。」
「ありがとう、おじさんっ!」
瞬は真っ先にイチゴの乗ったケーキを選んだ。
「あのね…おじさん。もう一個、選んでいい?」
「あ…?」
「兄さんにもあげたいの…ダメ?」
「分かったよ。さっさと選びな。」
「ありがとう!」
瞬は満面の笑みを俺に向けた。
俺が豹変したら、こいつはどうなるんだろう。
兄貴には会えず、体はめちゃめちゃにされて…。
そしたら、こんな笑顔はもう二度と見られないかもしれないんだよな。
くそっ!拾ったのが俺だった事に感謝するんだな。他の男だったらとっくの昔に喰われてるはずだ。