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□12時過ぎの小さな幸福
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『あ、』
『ん?よぉ、倉間』
昼休み、弁当を持たない生徒が一斉に購買に駆け込むのに混じって廊下を駈けると目の前に見馴れた紫髪が目に入り、つい声を漏らした
その声に気付いたらしい南沢さんが片手を上げて俺を呼ぶ
『ども、南沢さんも購買ですか?』
『ああ、今日お袋が仕事で朝早くてな』
『登校中に買った方が良かったんじゃないですか?購買すげぇ混むし』
目の前の南沢さんはため息を一つついて、何時もと同じ様に髪を掻き上げた
成り行きのまま、南沢さんと一緒に他の生徒でごった返した廊下を隣に並んで歩きながら近付いて来た購買の列を指差すと
それはお前もだろ、とでこぴんが飛んで来た
『俺は…朝、寝坊して買ってくる時間が無かったんっすよ』
『またか、お前いい加減、早く起きられる様になれよ』
『そんな無茶言わないで下さいよ』
地味に痛む額を抑えて割と早く進む購買の列に並んだ、購買のおばちゃんも毎日大変だと思う
『はい、次の人ー』
『サンドイッチとこれ下さい』
『はいはい、320円ね』
数分、他愛のない話をしていると前に居る南沢さんが購買のレジにたどり着いた
見てみるとサンドイッチと牛乳を持っている
『それだけでいいんですか』
『十分、ほら次の次お前だぞ』
『あっはい』
もう購入したと言うのにしっかり列と外れた所で待っている南沢さんに少し嬉しくなって、前の生徒が横にずれたのを確認して急いでレジ前に行く
『えっと、これとこれと、あと牛乳下さい』
適当におにぎりを数個と、毎日の日課になっている牛乳を頼むと
おばちゃんが途端に申し訳なさそうに笑う
『あらごめんなさいね、牛乳もう売り切れちゃってねぇ…』
『え…じゃあコーヒー牛乳で』
『ああ、コーヒー牛乳もさっき売り切れちゃったの』
『…あのイチゴ牛乳は』
『今の男の子で最後だったみたいで』
嫌な予感がして購買に売っている牛乳系統の飲み物を全部言うと
全て売り切れだと、おばちゃんが苦笑した
どうやら前に居た生徒が買った牛乳が最後だったようだ
『じゃあ、これでいいです…』
『はいはい、460円ね』
おばちゃんは何一つ悪くない
ましてやこの忙しい時間帯に引き留められない、そもそも列の後ろの方で『早くしろ』と言わんばかりの生徒達の念を感じた
目当ての物が買えず、尚且つ目の前で売り切れた有りがちな事実に落胆しながら、お代だけ出してとぼとぼと南沢さんの居る方に戻る
小さな頃からいくら飲んでも肝心の身長は伸びないものの最早、飲むのが当たり前になっていたのに今日は無しか
『倉間』
『はい…』
落ち込みながら、つい気の抜けた返事を返すと頭の上に何かが乗せられた感覚があった
『ほら』
『え…』
頭上から手にぽとりと落ちてきた牛乳のパック、訳が分からず瞬きを繰り返していると
南沢さんが背を向けて歩き出した
『ちょっ南沢さん!』
『やるよ、俺飲まないから』
『え?……あ』
飲まないなら何で買ったんだと
首を傾げて2秒
そう言えば南沢さんが味の着いていないそのままの牛乳を飲んでる所を見た事がない、南沢さんは大体コーヒー牛乳とか
じゃあ何で買って…あれ
自分の手の内にある牛乳を見て意図を理解した
と同時に何だか今ならもの凄く
素直になれる気がして
『あの!ありがとうございます』
『別に』
小走りで南沢さんの隣まで行くと何時にも増して早歩きの南沢さんが、ふと笑った
(お前の為だよ)