白黒神様と時渡人

□十二篇
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一難去ってまた一難とか
悩みの種は尽きないだとか言うが


(…本当なんだなぁ)


心中でしみじみ呟いた



あれから数日、ごく少数からの反感と大半からの尊敬や興味の視線をことごとく躱しながら

何とか学校生活と学生コーチを両立させている、が




『すまない名無しの、このポジションのこと何だが…』



『名無しの、この必殺技が…』


『なぁなぁ!名無しのって釣り興味ある?ちゅーか部活終わったら一緒に釣り堀行こうよ!』


『浜野、名無しのにも予定ってもんが…』



『そ、そうですよ浜野君、いいじゃないですか俺達も行くんですから…』



『えぇー』



『名無しの、飼い猫は元気か?』



『一乃、それより俺の心配してよ…』



右を見ても、左を見ても

部員らしく質問に来ている神童に霧野に、今にも釣り道具を持って走り去りそうな浜野にそれを止めてる速水と倉間と、また猫が増えたのかげっそりしている青山と苦笑いの一乃と




『ははっ一年は仲が良いな!』

『騒がしい…』

『まぁそう言うなよ、南沢!』

一部を覗いて微笑ましそうに見ている先輩方

何だこれ、何だこの休み時間の女子のたまり場みたいなテンションは


取り敢えず見てないで誰か助けて欲しいと、埋もれそうになっていた身体を立て直しながら、部活が始まるのを待った















新手の虐めかと疑うくらいの質問責めに耐えて、やっと始まった部活は、まず今日の練習メニューと昨日の反省点の確認。ここは実は学生コーチとしての密かな出番だ


ベンチにそっと座り直して耳を傾けた



『全員揃ったな、まずこのフォーメーションの確認だが…』



並んだ部員達にフォーメーションやら、連絡やらを話す久遠監督の話しの内容の中で必要ないものと必要なものを判別して頭に入れる


久遠監督は同じ事を二度言わない為に、瞬時に記憶しなければいけないのだ。そうこの脳内での情報整理が密かな出番

簡単そうに見えて頭を使うこの仕事、お陰で脳年齢が三歳は若くなったと思う



情報整理が終われば対して出番はないけどな、後は何とも立派な屋内グラウンドでも眺めておこう


(それにしたって…なぁ)

冷暖房完備で、シャワーもある、清掃だってきちんとされているしで今の雷門サッカー部はどれだけ恵まれているのか

サッカーやろうぜが口癖の、言ってしまえば前主人公が驚かなかったのが不思議なくらいだ




うんうん首を捻っていると久遠監督が此方に急に振り返った


『名無しの、お前はどう思う』


主語が抜けてますよ、監督
心中での第一声はそれだった、何時もは特に自分を交えず解散してしまうから質問された時の事は考えていなかった



何より、余りに贅沢なサッカー部につい意識を別の方向へ向けていた為に心の準備が出来ていない。突然話を降られて飛び出そうになった声を寸前の所で飲み込んだくらいには


此方に痛い程に突き刺さる視線も流して、久遠監督を一瞥すると



『選手個人、個人の実力についてだ』と何処か期待を含んだ目線を一つ向けられた、なにそれ適当



『えーと、そうですね…』


これは多分コーチとして上手く選手に考えさせられる様な答えを返せるか、と言う期待だ。

やめて欲しい俺はプレッシャーが嫌いなんだ


妙に静まりかえるグラウンドとひしひしと感じる威圧感に、少し気まずさを覚えながら考える素振りをしてたっぷり十秒


これでもイナズマイレブンの漫画を全巻本棚に並べていた位には
この世界の事を知っているつもりだ



それを踏まえて、言うならこの雷門には


『…まだ足りない物がある』

伏せて言うならば
そよ風とか、デス何とか君とか


とは言わないかったが


それは一部の、悪く言ってしまえばそよ風君が入って来る事によって辞めていってしまう余り出番のない悲しい部員達の反感を買ってしまったらしい。

部員達は不良宛らに詰め寄って来る


『おいっお前、この前から特にコーチらしい事もしてない癖に偉そうに!』

『そうだっちょっと脚力あるだけの一年に何が分かるんだ!?』

『おい止めろっ』


俺の胸ぐらを掴んで今にも殴りかかりそうに怒鳴り散らす、元気な部員達

ただ相手の部員の身長はそんなに高くない為に対して息苦しい訳でもなく、睨まれても効果は差ほどない



隣では、部員達を止めようと三国先輩が駆け寄るものの、いくらキーパーでも流石に数人は抑えきれない様で対処に悩んでいる様子だ



そもそもこの場で唯一の大人の久遠監督は腕組みしたまま静観しているし、音無先生はマネージャーを避難させているし、神童達も動けないまま困り果てているしで



不良もどきの部員達と、三国先輩一人を覗いて止めようとしない周りと


この絡まれ方は何だか前にあった様な光景だ、いやあの時は俺のお節介が災いしたんだが



(いやでも、情けは人の為ならずとか言うし…)




『おい聞いてんのか!』


『ふざけやがって!』



ぐっと引き寄せられ倒れそうになる身体を足で踏ん張り直すついでに、記憶を辿りつつ暴言を聞き流す、今の自分は多分遠い目になっているだろうがそれも流す



何せ合計年齢、三十歳越えだぞ
つい最近までランドセルを背負ってた中学生の暴言なんて可愛いもんだ。因みに俺自身は中学生にはカウントしない



其にしても、自分にもこんな突っ張った頃があったのかと状況に見合わないほのぼのした心境で構えていると





『お前、邪魔なんだよっサッカー部辞めちまえ!!』



部員の一人が爆弾を落としていった

そう、中学生の可愛い暴言
気の済むまで見守っておいてやろうと完全に受け身の体制をとっていた自身の目が細まっていくのが段々範囲が狭くなる視界で分かった



『……なぁ、』

『なん…、ひっ……!』


未だに俺の胸ぐらを掴み上げている部員の手をもの凄く優しく、それはもうミシッと軋んだ音が聞こえた位にそっと握る、悪魔でもそっと

部員達は途端に真っ赤な顔で怒鳴り散らしていたと先程は対照的に、やけに青ざめた顔色で引き吊った悲鳴を上げる



きっと俺の笑顔はさぞかし輝いていることだろう、これまた何処かで聞いた様なフレーズだ


口角は上げたまま、一度手を離し静かに、胸ぐらを掴んでいた部員の一人の耳元に努めて優しく囁いた


『あんまり調子に乗ると再起不能にするぞ?…色んな意味で』


腹の底から息を吐く、歌を歌う時に使うあの呼吸法でぼそりと呟く。因みに意味は想像にお任せすると付け足せば、可哀想な位に震えながら冷や汗が滴り落ちている部員達

勿論、止めの一撃は



『ごめんなさいは?』


『ひ、あ…えっと…』


『ご、め、ん、な、さ、い、は?』



『『『ご、ごめんなさい!!!』』』

『ん、よし』



綺麗に揃った渾身であろう『ごめんなさい』に満足して、名無しさんが一つ頷き顔を上げると




『あ』


妙に静まり返ったグラウンドと、何故か此方まで青い顔で、更に固まっている神童達が一番に目に入った


(怒らせてはいけません)





PS.情けは人の為ならず、は言葉とは反対で本当は『人に親切にすれば良い報いがある』と言う意味らしいです

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