白黒神様と時渡人
□十篇
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『何故サッカー部入部を拒否する?』
目の前の無表情、悪く言ってしまうと仏頂面の久遠監督が腕を組んだまま、すっかり立ち往生している俺に聞いた
経験した事のあるこの状況は、何だろうか
『えーと、…』
『………』
無言の圧力が怖い、威圧感が半端ではない
名無しさんは重圧にキリキリと鈍く痛む胃を抑えながら心中で留守番しているコクとハクに届く筈もないが、密かに助けを求めた
そもそも俺は今から近所の主婦に混じってタイムサービスに急いでいたんだ、一人暮らしなんだから節約は大事だと、そう言う事なんだが
目の前の久遠監督のお陰で間に合いそうにもない、せっかく今日は野菜が安い日なのに
名無しさんは密かに久遠に恨めしい視線を向けた、だが久遠は物ともせず静かに、今のサッカーは管理されていると言った
『サッカーを取り戻す為には名無しの、お前の力が必要だ』
『いや本当に、俺サッカーは…』
『身体能力だけではない、お前の判断力や知能、成績に目が眩まず数ヶ月間勧誘を避け続けた意思の強さは革命に必要不可欠だ』
『は、』
思わず声を漏らした
何と数ヶ月間、しつこく勧誘し続けたのは俺を試していたかららしい
名無しさんは内心脱力していた、まさかそんな意図があろうとは頑張って避け続けた意味はあったのだろうか
絶対入部の文字が言葉に滲み出ている久遠の目は真剣そのもの
今は試している様子など見当たらない
名無しさんが探る様に考え込んでいると久遠が一度視線を外す
『…選手でなくてはいけないとは言わない、ただ指導を任せたい』
『指導…って、俺、一年ですよ?先輩方だって納得しないでしょう』
『スポーツの世界は平等ではない、年齢よりも経験と努力を重ねた者が強者だ』
だからこそフィフスセクターの支配は阻止しなければいけない、と久遠は言う
(その言い分は最もだな)
アニメや漫画で繰り返し見た名無しさんの知る円堂達も目の前の久遠も、響木監督も友人になった一乃達もこの世界では確かに生きているそう思い知らされる
此処では正真正銘、血の通った人間なんだ
勿論、半年後に現れるそよ風主人公も
そしてその全員がサッカーが好きでサッカーで繋がった
張り詰めた空気が流れる
名無しさんはゆっくり口を開く
『…いや、すみませんけどやっぱり…』
指導、と言う事ならばボールを蹴る必要はないだろうが
やはり不安が拭えない
名無しさんは相手は此処では大人なのだから慎重に行かなくてはと断りを入れようとした
『…勿論、サッカー部に入るのであればレジスタンスから出来る限り生活の援助はしよう』
『え』
久遠の口から出た言葉に、名無しさんは肩を跳ねさせる。
多分、これは一人暮らしの学生である名無しさんへの切り札なのだろう。何か条件を提示する事を分かっていたがまさかこれとは
『動物を飼っているならそちらの飼育代も補助する』
『や、それは流石に』
『指導時間はお前に合わせよう』
『ちょっ……』
この押し問答は霧野と神童の二人で慣れたと思っていたがこれは辛い、そもそもどうやって調べたんだ怖いな久遠監督
名無しさんが引き気味に後ろに下がると何も言う暇なく
『レジスタンス本部に来い』
サッカー部入部とレジスタンス入りが確定した
生活補助と、特待生の処置で楽過ぎる生活になり。何だかんだお兄さんポジションの道を順調に進んでいる事にまだ気が付かない名無しさんだった
(レジスタンス本部はやっぱり帝国なのか)