白黒神様と時渡人

□八篇
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例の入学式の事件から一週間が立った








『…じゃあ、いってきます』



何時も通り身支度を整えて家を出ようとすると、ハクとコクが首を傾げたまま足元に寄って来る


『名無しさん様、大丈夫ですか?』

『随分疲れているようだな』



どうやら珍しく出発際に寄って来たのは余りにも俺に覇気がなかったかららしい、心配そうにしていたハクとコクに悪いなと思いながら背を一撫でする



『あー悪いな大丈夫だからさ…なぁ、コク、ハク』


『はい?』


『む、?』


『十年位前にさ、俺でもサッカー出来るって言ってたの本当だったんだな…』



名無しさんは何処か遠い目でハクとコクに云った、脳裏に思い出されるのは勿論一週間前の入学式



今、思えば万年インドア派だった俺が学校まで全力疾走しても遅刻せずに間に合った、あげく息一つ乱していなかったなんて明らかに可笑しいのに何故気がつかなかったのか


それもちょっとボールに触れたくらいであの威力なんて、身体の作りはどう変化したのか益々分からない



『はぁ…行ってきます』

『?行ってらっしゃいませ』

『うむ、』



ため息を一つついて登校路に着く学校までの道のり、足取りがやけに重かった
















『『名無しの!』』

ざわめく教室に足を踏み入れれば途端に誰かに呼び止められる
この一週間の経験からして誰かなんて予想出来るのだが



『何だ、神童、霧野…』

『その顔はもう分かってるだろ?』

『毎回ですまないが名無しの、サッカー部に入らないか』

『悪いな神童、だが断る』


振り返れば予想通り誰もが知る
あっという間に雷門サッカー部神のタクトの異名を持つ事となった神童と、その幼なじみ霧野が立っている



ここ最近これまた毎日繰り返されるサッカー部への勧誘に間髪入れず断りを入れた


『分かってはいたけど…何でサッカー部に入りたがらないんだ?』

『そうだ、断るなら断るでせめて理由を聞かせてくれ』


綺麗な顔に眉根を寄せて難しい顔をする霧野に、毎度落胆した表情を見せる神童



『何でって、それは、諸事情が…さ』

『久遠監督なら事情を話せば多少考慮して下さる筈だ』

『いや、それにあれは本当にマグレで、俺サッカーやった事ないしな?』


『あんなシュートが打てるんだ、才能は十分にあるだろ?これから練習していけばいいじゃないか』



諸事情やら初心者やらで断ろうとしても、ああ言えばこう言うといった状態で全く諦めてくれない

それにしても二対一は卑怯ではないだろうか

平行線のまま動かない会話、二人に押し切られてしまいそうだと内心、頭を抱えていれば担当教師が教室に入って来た



『早く席に着けー』


『あーほら先生来たぞ、席戻れよ』


どんどんと押し、仕舞いには詰め寄ってくる神童と霧野だったが朝のHRが開始された事によって渋々、各々の席に戻っていった

クラスは同じだが、席が近くない事が幸いだろう授業中まで勧誘されたら堪ったもんじゃない


やっと束の間の平穏が訪れたと
欠伸を噛みしめながら数式を目で追う



一応ノートに書いているふりをしているが本当の所、脳の半分は此れからの事について考えてしまっているので余り集中してはいない




『(サッカー…な)』


チョークの音を聞きながら心中で呟いてみる、ふと窓の外に視線を移すと直ぐにサッカーグラウンドが目に入った




サッカー部入部試験が同時に行われた入学式の日、あの日からこうやって同じクラスの神童や霧野に毎日迫られ


廊下に逃げれば浜野達に部室まで連行されそうになり


三国…先輩達からも『是非、サッカー部に』と熱弁され



あのちょび髭の久遠監督に何を言われたのかそれとも自分の意思なのか俺をしつこくサッカー部に勧誘する様になった




何だかもう関わり過ぎているフラグもプラグも建築した覚えはない、いやふざけているのでは無く


『多少世話を焼く、観察はするお兄さんポジション』とは言ったがまさかこんなに関わる事になろうとは、不動明王にも俺のお節介が災いして遭遇してしまったし





…いや正直な所を言えばサッカーもイナズマイレブンも好きなのだし、別に傍観が目的ではないのだからサッカー部に入る位は構わないのだ。コクとハクが言うに媒体があるらしいし少し関わっただけで物語が大きく変わる事はないはず

ただ軽く蹴ったつもりで
あの威力が出たボール、あれでは逆に危ない気さえするゴールキーパーに当たったらひとたまりもないだろう



決して過信している訳ではないが自分の力量が恐ろしく羽上がっている為に、怪我をさせるのが怖いなんて理由は余りにも言いにくい

兎に角コントロール出来ない力は一番怖いのだ、やはりサッカー部入部は阻止するべきだろう


名無しさんはそう結論付けて、自分の蹴ったボールが当たり無惨に破れ去ったゴールネットを思いながら密かに手を合わせた、南無










『今日の授業はここまでにします』

『ありがとうございましたー』


担当教師の授業終了を告げる声と日直の掛け声に合わせて礼をしてから真っ先に立ち上がる

部活の体験入部が行われている今の期間は殆どの生徒がジャージに着替え見学や、体験入部の申し込みにいくが


名無しさんはつい先程出たサッカー部入部は阻止、を胸に早足に教室を出た




『よし…追ってこないな』


途中、同級生組の教室をこっそり覗くと浜野がプリントやら何やらでバタバタして周りが手伝っている様子だった


俺が廊下を通ったのは気が付いていないだろう



何故か霧野と神童の姿は見えなかったが、毎日追ってくるあの二人が朝のやり取りで簡単に諦めるとも思えない

予想を巡らせながら階段を降りる念には念をと言うか、つまりは帰るまでが遠足ってやつだ

名無しさんは後方を確認していた目線を前に戻した




『…やっぱり、』

『名無しの』

『逃がさないぞ?』

『だよなー…』




目の前にはたった今、立てた予想の中心人物、霧野と神童の二人が立っていた




学校から家まで全力疾走するのは何度目だろうか








(もう登校拒否になりそう)

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