白黒神様と時渡人
□七篇
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桜の花が風に乗り揺れる歩道
人工的なアスファルトの地面に散る桃色の花びらを踏みしめ、一直線に桜並木の間を駆け抜ける
目指す先は
『うわ遅刻…』
学校
アパートから学校まで普通に歩いて十五分、そんなに離れてはいなかった為に遅刻寸前になった時の事を考えていなかった
コクとハクを撫で回す事に夢中になっていた数分前の自分を思い切り蹴り倒したいと後悔しながら
とにかく走る
通常ならば少し遅れても、多少の言い訳が出来る
『お婆さんの荷物持ちを手伝った』とか
『逆風で自転車が進まなかった』とか
はたまた『今日発売の限定漫画を買いに本屋まで走って来た』なんて息切れしながら必死に言っていた生徒も前世で居た気がする
嘘も方便とは良く言ったものだ
ただ今日は雷門中学の入学式
初っぱなから遅刻なんて洒落にならないし、そもそも全校生徒が集合した中、静まり返る体育館に遅れて入って行ける度胸など生憎持ち合わせていない
一人、遅れて入っていった時の全校生徒のあの目線は耐え難いものがある
『…いい年したおっさんが、とか言われそうだな』
何とも小心的な思考に自分で呆れていると雷門のシンボル、大きなイナズママークが見えた
円堂守世代を知っている俺からすると、学校もサッカー部室も大分立派になったと近付くにつれ感心してしまう
『駄目だ感心してる場合じゃないこの時間ならギリギリ…お、間に合ったな』
校舎の真ん中にある時計を走り様に見ると開会式まで約二分
学校は常に五分前行動、この時間ならもう体育館付近に列が出来ているだろうと視線をさ迷わせると案外早く目に入った
『あー良かった…』
間に合った事や全校生徒からの嫌な視線を浴びる心配が無くなった事に安堵して一つため息をつく
上履きに履き替え、流石に鞄を置きにいく余裕はないため予め教えられていた下駄箱の位置にスニーカーと一緒に置いた
そのまま走って列に行き自然に混ざる
列に並ぶ一年生達は皆、緊張気味にしっかり前を向いて大人しくしていて対する俺も今はピカピカの中学一年生だが入学式は前世にて二三度経験している
今さら緊張なんて無く、初々しい反応だなと同級生になる周りを観察していた
と、同時に在ることに気付く
凄く見覚えのある人物が居た
俺の感覚で言えばキャラクター
ピンク色の二つ結びに
灰色掛かったウェーブの髪
霧野蘭丸と神童拓人
主要人物でもある二人
二人は原作と変わらず幼なじみな様で少し聞いていると、サッカーの単語が聞こえる
と、言うよりもまず
何で一年生?
正午少し前に入学式が終わった
それと同時にクラスが教室の引き戸に張り出された
生徒達が我先に見ようと大渋滞を起こしている廊下を右に左にと避けながら自分のクラスを探す
分かってはいたが
やはり火来校長から冬海校長に、雷門理事長からあの性格悪そうな金山理事長へと変わっていた
そしてその金山理事長から何だか堅苦しい挨拶と、全く覇気のない祝いの言葉と嫌な位に長い話を聞かされた
正直、うんざりしていたのは俺だけではない筈だ
ただ、うんざりしながら周りを見渡すと霧野や神童が何故一年生なのかが理解出来た
まず新入生の席には霧野と神童以外に、ゴーグルが目立つ浜野、メガネにピッグテールの速水、一年生に紛れても格段に小柄で逆に見易かった倉間、端に一乃と青山
二年生の席には俺が知る限り三年生の筈の南沢、三国、天城、車田
取り敢えず先輩と呼んだ方がいいだろう、そんな面々を目にした
つまり此処は
『まだ主人公がいない、原作が始まる一年前の雷門…』
主要人物が居ながら主人公がまだ、なんてそれでいいのか
クラスが書かれた紙を見ながら呟いた、このざわつき様では誰の耳にも届かないだろうが
一年前と言えば、確か丁度フィフスセクターがサッカーを管理し始める時期だ
偶然なのか、必然なのか
どちらでもないのか
随分と大変な時期に来てしまったものだ、これなら帝国でも受けた方が良かったのか
…いや帝国と言うと円堂世代の不良集団みたいな帝国サッカー部が過るので止めておこう
脳内に出てきた帝国のビジョンを掻き消す様に首を振り、クラス表を順に見ていく事に集中力を注ぐと割かし早く名無しの名無しさんの文字が人だかりの隙間から見えた
『あった…けど、…さ』
その隣には何故か霧野と神童の文字が並んでいる、この時ばかりは見えなきゃ良かったと本日二度目の後悔を覚えた
こう言うのは別に関わらなければ良いなんて言うが、そう簡単ではない同じクラスになった時点でもはやフラグとか言う物がある事を知っている
そんな時には
『…もう帰ろ…』
早足に帰宅する
雷門では受ける人数の多いサッカー部だけは仮入部テストが入学式早々からやっていると、他の生徒とのすれ違い様に耳にした
少し見る位なら、と考えていたがこれは危ない、知らない内に巻き込まれてしまいそうだ
俺は悪魔で傍観までいかないお兄さん的ポジションを目指してるんだ、どれだけ関わる機会が設けられているとしても
そう密かに握りこぶしを作ると
耳にした通りサッカー部の仮入部試験が行われている人だかりの出来たグラウンドの横を早足に通り過ぎる
『おい危ない!!』
筈だった
『は、?』
焦燥を滲ませた声で危険を知らせる単語が飛ばされる
声のした方向に眼を向ければ、眼前にコントロールし損ねたであろう白と黒、サッカーボールが迫っていた
一瞬、時が止まった感覚がした
風を切り此方に迫るボールは
速度を落としていない、それなのに名無しさんの目には異常な程に遅く見えた
咄嗟の判断で上に飛び退く、名無しさんにはスローに見えたボールを避ける事は容易かった
『ちょ…ま、よっ』
だが流石、超次元
ボールがカーブを描き名無しさんを追い掛ける様に再び迫る
何でだ、これ誰が蹴ったんだ
焦りに焦って条件反射のまま足を振り上げればボールに当たった、そのボールは二年の先輩らしき人の真横をすり抜け衝撃に耐えきれなかったゴールネットを突き破り、遥か後ろに立った木々にめり込み地面に落ちた
『と……あ、』
コクやハクの様に軽い音で着地すると
その場に居た生徒達が一斉に俺を見たまま固まっていた
『…………』
無言のまま走り抜け、約五分で家に到着したのはもはや驚き所か『凄いな』くらいにしか捉えられなかった
(能力発揮、逃げるが勝ち)