白黒神様と時渡人
□二篇
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ゴポリと何処かで水音が聞こえた、いや聞こえたと言う寄り耳に入って来る様なユラユラと揺れるくぐもった音
何だか冷たくそれなのに暖かい矛盾した体感、まるで母の羊水に抱かれている様な感覚
此所は?
≪此所は世界の狭間≫
誰だ
≪貴方は知っている≫
何を
≪我と一度会っているだろう≫
会って、いる
≪目を開けて…ー≫
瞼が開かず暗闇だったそこに一筋光が座す、瞬きさえ出来ないままその光は開いた
『っ…ん…?』
思考はぼんやりとしているのに
心だけは妙に静かだった
何時もは低血圧で寝起きに弱く
直ぐに起きられないはずなのに何故だか自然に横たえていた上体を起こす
『なん、なんだ此所…』
瞬けば途端に白と黒が目にはいる対照が交差し混じり合う空間
ただ海の様に地面には透明な水が何処からか沸き上がり真ん中に銀杏の木が立っている
それ以外、色も無ければ物も無い殺風景だと思う、そして同時に散って水面に浮かぶ銀杏が儚いのは何故だろう
俺は何時からこんなに感傷的な詩人になったのか、と内心苦笑を溢しながら落ちてきた銀杏の葉を拾った、ふと水面が揺れる
『此所は世界の狭間』
『世界と世界の繋ぎ目です』
誰も居なかったはずの空間で
聞き覚えのある声がした、途端に思い出された冷たく暖かい矛盾の世界
『その声…夢で』
『夢ではありません、あれは此所に行き着く迄の道のりで眠っていた貴方に私達が声を掛けていただけに過ぎません』
『つまりは現実、だ』
顔を上げれば白い着物を纏った男が綺麗に微笑み、対になる様に黒い着物を着崩した男が不適に笑った
直感で自分とは"違う"と悟った
敵意は感じられない、それでも
何かが違う、見た目ではない
雰囲気、口調、そして普通に生きる人間ではあり得ない位に何者にも染まらない透明過ぎる瞳
『!、お前等…一体…』
『私達はある場に奉られる一神』
『我等は対になり二人で一つの神として奉られている』
『は、一神?二人で一つ…?』
急に現れて何なのだ、まるで訳が分からない、疑問符が頭上に浮かぶ
幾つも与えられる情報
普段、数学位にしか使わない脳を全力で活動させても最終的に『分からない』に行き着いてしまう
ただ、分からない事だらけ、と言う訳ではない
分かるのは、目の前の男二人は自身でも神と言っていた事、そして実際自身もただならぬ雰囲気を感じたのだ
きっと人間では、ない
ただ敵、でもない
名無しさんの中の何かがそう感じとった
恐怖や畏怖は感じられない
自分の勘を当てにしてみるか
『…で、そんな大層な神様二人は何で俺の前に居るんだ?』
ならば今すぐ逃げる事もないだろうと、逃げる準備をしていた足を抑えて濡れるのも構わず水の張られた地面に腰を落ち着けた
そもそも此処に身体を横たえていた時点でずぶ濡れなのだから余り気にもしないが
『…驚かないのですか』
『言っただろう、主は一味違うと』
男二人を見れば、白い男は腰を落ち着けた名無しさんを見て何やらキョトンとした様に目を丸くしている
対する黒い男は満足げに白い男を見ていた
『?何なんだ』
『普通の人間ならば逃げるか拝むか、何かしら興奮するものです』
『俺はお前らが今すぐ脅威の対象になるとは思えないからな…だから下手に動かないだけだ』
『…ふ、ええ確かに面白い方ですね』
自分の考えや考察を述べただけだったが、白い男は少し頬を緩ませ笑った
『そうだろう、何と言っても我の恩人でもあるのだからな』
『ん?恩人…?』
白い男を見て、美形っていいよななんて別の思考で呑気に考えていれば覚えのない言葉が引っ掛かる、つい首をひねった
『主は猫を助け、そしてその命を終えただろう』
『……あ、』
途端に口を閉じた
フラッシュバックした記憶はのんびりした会話に隅に追いやられていたが
そうだ、
轢かれそうになっていた黒猫
迫るトラックと横断歩道
身体を打ち付けた激痛
最後に見た血の赤と、夜に浮かんだ瞳の紅
『…俺は、死んだのか』
妙にしっくりと来て思わず呆然とした、男二人は話し始める
『あの黒猫は我だ』
『…私達は一ヶ所に留まり動かない神社に奉られる様な神ではなく色々な場所を渡る神なのです』
『場所を移動する際には身軽で人に紛れても違和感のない猫の姿の方が都合が良いのだ、あの日も丁度移動している最中だった』
『お前があの猫…』
人間には分からない
今や死を知ったからこそ分かるだろうこの目の前の神の事情
言われてみれば紅い眼はあの日見たものと同じだ、何だか納得してもう一度男二人を見れば目を伏せ表情に暗い影を落としていた
『?、お前ら…』
今まで下を向いていた、淡々と話している様に聞こえた為か少し動揺してしまう
『…我を助けた事は対になる者をも助けたも同義』
『主様は』
『私達を助けた事を悔やんでいますか』
『我等を助けた事を悔やんでいるか』
紅と翡翠の瞳が揺れた
二人が手を伸ばす
神だと言った、確かに純粋な威厳も雰囲気から感じ取れた、だがどうだろう今の男二人はまるで子供の様だ、そして気付く一つの気持ちを携えた眼
『いや、まあ確かにこの年でこんなに早く死ぬのは…少し落ち込むけどさ』
何だ神様って意外と可愛いじゃないか
そのギャップに可笑しくなって
少し笑い気味になりながら
『自分が勝手に助けたんだ、後悔はしてないさ』
二人の手を取った、ぎゅっと握ると暖かい。神でも意外と体温あるんだな
『だからあんまり罪悪感覚えるなよ神様』
今度は二人揃って目を丸くしてしまった
風も無い筈の閉鎖的なこの空間に立つ銀杏の木が揺れた
(案外可愛いものでした)