白黒神様と時渡人

□一篇
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『よし、新刊ゲット…』

そう呟き、真新しい
先程購入した漫画数冊を片手に持ち直す、ずしりと来る重みが新刊の文字だけで随分と満たされるものに感じた


現在18歳と言う受験真っ只中のこの時期に寄り道をするのは宜しくないかも知れないが、好きな漫画の新刊が出る時位は許して欲しいものだ


『ふぅ…何処の本屋も何故か品薄で探すの大変だったな…でもまぁ手に入った事だしこれはこれで、良しとするか』


お目当ての本を手に入れる事が出来、満足気のまま本屋を出ると先程まで茜色だった空は墨を零した様な暗さで包まれていた

今は冬場、やはり夏や秋に比べ暗くなるのが早い

この時期は暗くなるのが早い
流石にこの時間に指導の先生に会うのは好ましくない、早く帰るか


少し急かされた様に帰路を急ぐ、少し早歩きになりつつ息も乱れて来た時丁度、信号で足を止める

『あ、そうだ』

息を整えつつ制服のポケットを探った、そこから出てきたのは小さな音楽プレーヤーとイヤホン


『まだ聞いてない新曲もあるし聞きながら帰ろ』


そう一人呟きながら
上機嫌にイヤホンを耳につけ、何処となく横断歩道を見た時だった

『ん…?』


横断歩道の端に
何か黒い物体が居る

なんだ、あれ
落とし物だとしたって、こんな道路に掌より明らかに大きい物なんて落ちている筈もない


思わず声を漏らし
一体何なのかと夜の闇に溶け込んだそれをジッと目を懲らして見る

闇の中に紅の双眼が見えた
あれは



『猫…か?』




紅の透き通った瞳に
不吉の象徴とされている
黒い毛並みの猫


何でこんな所に?いやそれよりも、いくら端とは言えあんな所に居てあの猫大丈夫なのか?

その猫が座っているのは歩道よりもズレていて本当に横断歩道の端だった

もしあの端に車が走って来たら轢かれてしまうのではないだろうか?


頭の隅にそんな良くない不安が過ぎり、車体用の信号機を見る




もう少しで赤に変わる所だ


これなら車も止まるだろう
猫は丁度反対車線に居る、あそこからずっと動かないなら横断歩道を渡りきるついでに俺が退かしてやればいいか

そう安堵し歩行者専用の信号機に向き直った

その時

猫が急に立ち上がりこちらに走って来た


『は、!?』

驚いて目の端に移った車道を見ると、まだ信号の変わらない車体用の信号機しか見ていないであろうトラックが明らかに法廷速度を越えた速さでこちらに迫って来ていた


猫は気付かない
周りの人間も気付いていない
あれだけの速さのトラックがこんな目と鼻の先で止まるなんて無理だ


ひかれる

その四文字が悩内を駆け巡った、それはあの猫の死を意味する言葉




『っ…!!!』


そんな言葉が思い浮かんだ途端

声にならない声を上げ咄嗟に体が動く

放り投げた鞄なんてどうでも良かった

足を少し捻った痛みなんて気にならなかった

後先の事なんて考えられなかった


ただ手を伸ばして


一瞬、一秒、もしかしたら小数点だって付くかも知れない



自分でも驚く程の速さで戸惑いなく横断歩道に踏み出し、猫を抱え植木のある場所に半ば放り投げる様に突き飛ばした。

横を見れば孟スピードで今度は自分に迫るトラック



やっと気付いたのか不謹慎ながら運転手が面白い位に顔を青白くしている









ああ、もう駄目か

その一瞬で悟った


ドンッッ!!と

鈍い音がして視界が白く霞む
クラクションや人のざわめきが遠くに聞こえる

段々と黒に染まる視界に軋みだす身体、痛覚が麻痺するその中で俺が最後に見たのはあの猫の綺麗な紅の瞳と無惨に投げ出された本








これが全ての始まりでありこれから紡がれる物語の序章だったんだ




それは寒い冬の夜の事




(世界、さよなら)

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