白黒神様と時渡人
□四篇
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『けぷ』
『ごちそうさま?』
『ごちそうさまでした』
『はい、良く出来ました…ふふっ可愛いなあ…』
背を優しく叩かれてげっぷが出ると母は朗らかに微笑んだ
俺なんかがこんな素敵な人の子供でいいのか
名無しさんは申し訳ない様な、切ない様な気分になった
『ああ、そうだ今日はねサッカーの試合がやるらしいの、テレビで一緒に見てみる?』
『さっかー』
『名無しさんはまだ余り分からないだろうけど…凄く面白いのよ、ほら』
朗らかな笑みを浮かべたまま母はテレビのチャンネルを変えると
母と向かい合わせになる様に抱き上げられていた俺を、くるりとテレビの方へ向ける
ーおっとボールを奪われたっ!
ーここで決められるか日本!?
ーあーっとキーパー円堂が止めました!攻め上がる日本!ボールが繋がります!!
『………』
『あら?名無しさんったら夢中になってるサッカーが気に入ったのかしら』
後ろで母の微笑ましそうな声が聞こえたが今はそれすら耳に入らなかった
『…ハク、コク』
買い物に出掛けた母を見送り、戻ってくる気配がない事を数分確めてからコクとハクを呼んだ
理由と言えば勿論、先程の何故か炎やら魔神やらが出現する超次元サッカーについて議論する為だ
『お呼びですか、名無しさん様』
『ああ、呼んだ、もの凄く呼んだ』
『眉間に皺が寄っているぞ』
『誰のせいだ…』
何処からか白猫と黒猫が緩慢な足取りで現れる、ハクとコクだ
ハクとコクの言葉は一般人には聞こえておらず端から見れば一人で猫に話している様にしか見えないだろう、だからこそ誰も居ない時間を見計らって呼ぶしかない
気を付けないと俺が変人の様に思われてしまうので大変だ
眉間の皺をコクに指摘されるが
今はそんな事も些細な問題
ハクが行儀良くフローリングに伏せる
『此処がどんな世界かお分かりになりましたか?』
『…イナズマイレブンか』
『うむ、名無しさんが我を助けた際に持っていた書籍だ』
コクが猫らしく毛繕いしながら頷いた、猫の姿でもコクやハクの表情が分かる様になってしまった俺は末期だろうか
『ああ…そう言えばあの時、イナズマイレブンGOの新刊買ったばかりだったな』
『手短にあり、かつ名無しさん様に関連のある媒体はあの本だけだったものですから』
『媒体?』
『転生する際に必要になる仲立ちの事だ、これがあると転生した世界でのブレが少なくなる。即ち物語が歪む事がない』
俺の…今ではもう前世になるのか三年前、トラックに跳ねられ
一度、生を終え異界空間でコクとハクに出会った
今、思い出してみればあの時は丁度、本屋で漫画を買って帰る途中だった
従兄弟に釣られて見始めた超次元サッカーアニメ、イナズマイレブン
初めは奇抜な髪型や軽く中二病の様なキャラクターに若干戸惑っていたものの、気が付けば漫画を全巻本棚に並べる位には嵌まっていた
あれは自分でも驚いた記憶がある
『えーと…つまりは媒体がある事で転生する世界は安定する、尚且つ原作通りに進むと』
『名無しさん様は…何と言うか本当に順応力がおありですね』
『話が早くて助かるぞ』
『まぁ、流石に慣れたかな…』
慣れちゃいけない様な気もするがと内心、一人突っ込んでいればコクがソファーに飛び乗った
『傍観するも、介入するも原作が変わる事はない、自由に生きられるぞ』
『ん、ああ、そうだな…何やっても原作が変わらないんだもんな』
『名無しさん様は此れからどうされるのですか?』
『どう、なぁ…』
コクが不敵に目を細めればハクはどうするのか、と問う
何をやっても、なんて少し狡い事実にいまいち現実味を覚えられず取り敢えずコクの艶のある黒い毛並みを撫でているとハクもコクとは反対側に飛び乗る
何だか何処かで見た光景だ、ついでにハクのふわふわな白い毛並みにも触れながら思考を巡らせる
どうしようと原作通りに行くと言っても元々、漫画を集める位には好いていた物語を壊すのは気乗りしない
先を知っている以上、原作を出来る限り壊さないとなると傍観する事になってしまうが、きっとそれは俺が耐えられないと思う
何故なら、イナズマイレブン特有のキャラ達が悩んだり壁にぶつかり苦悩する様子を見ているだけなんて無理だ
絶対にやきもきするに決まっている
実際、液晶画面越しで見ていてももの凄く耐え難かった。お節介に手を出してしまう自信がある
名無しさんは自分の性格を熟知している為に数秒、分析する思考に浸った
『…うん』
『む?何か決めたのか』
ポツリと呟いた名無しさんに不思議そうにハクやコクが大人しく伏せていた身体を起こした
『ちょっとしたお兄さん的ポジションを目指す』
『あの、名無しさん様…お兄さんとは?』
『原作は壊したくないが傍観も耐えられないだろうからな、多少世話を焼きながら観察するお兄さんみたいな存在になる』
流石にサッカーは出来ないけどなと後付けすれば、ハクとコクが笑った。猫の姿をしているから分かりにくいが多分この様子は笑っているんだと思う
『よ、良いのではないか…』
『ええ、志す存在があるのは良い事ですね…ふふ』
『何で笑うんだ』
『く、ふ…うむ、それなら一つ教えよう』
『笑いは収まったかコク、で、何だ?』
多少顔を背け笑うコクが落ち着いたのか此方に向き直る
『世界と世界の決まりや人間の身体の作りや仕組みは違うのは分かるだろう』
『まぁな、俺が居た元の世界で実際サッカーで氷やら炎やら出たら怖い』
『転生した人間は、その転生した世界に合った能力や作りに自動的に変化する』
同じく落ち着いたであろうハクが横で、その事かと頷いた
『今の名無しさんはこの世界に転生した事で身体能力や体力などが変化している筈だ』
『え、じゃあ俺…』
『名無しさん様も炎や氷、魔神などを出す事が出来るかも知れませんよ?』
『………ええー』
ハクが耳をパタパタとさせながら首を傾げ云った言葉に最早、驚きすらしなかった俺は母が帰って来るまでその場から動けなかった
(三年目にして、発覚)