第4章:いざイスカンダル!そして‥‥(イスカンダル救援作戦編)その2

□波乱の胎動
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『常に全力全開!!』
(『翠屋』2代目オーナーパティシエール、高町なのは)

『自重・抑制・均衡』
(同・2代目オーナーバリスタ、高町クロノ)

『不本意な経緯でも、知ってしまったら目を背けてはいけない』
(同・7代目オーナーパティシエール、高町桃香)


  ――新横須賀市街地――

(今晩はどうしたものかな‥‥)

下校の途中、高町雪菜は夕食に思いを馳せる。

保護者たる嶋津冴子は『白根』を率いて訓練航海に出たと思ったら、そのままイスカンダル救援に行ってしまい、当分帰ってこないだろう。

それまでも、訓練やらで半月くらい帰ってこない事は日常茶飯事だ。

そんな時、雪菜が公私で相談する相手は、同じ官舎住まいである軍官僚・中島龍平と彼の妻である真理亜であり、週2回は中島一家(家長は大抵不在だが)と夕食を共にしている。

真理亜は希代の料理上手で、雪菜にとっても色々と学ぶ事があるのだ。

因みに昨夜もご相伴に預かったので、今夜は1人きりの夕食だ。

1人分でもコンビニやほか弁はなるべく頼りにはせず、自分で作る。
亡き母・桃香の“遺訓”だ。

――と、突然、脳裏に念話が響いた。

《レディ、政府の緊急発表だ》

亡き母から引き継いだ自律人格型魔法制御媒体(インテリジェントデバイス)である『ピュアハート』だ。
たまたま通りかかった電機量販店の店頭にあるテレビ画面にニュース速報が表示されていた。

『エッジワース・カイパーベルト付近で不審船を発見。防衛軍艦船で追跡中』

周囲を歩いていた人も次々と足を止め、不安げな表情で見入る。

(また、新たな敵性勢力が偵察に来たのかな‥‥?)
《あるいは白色彗星帝国の残党どもか。‥‥いずれにしても、万一艦隊規模で来られたら、今の地球艦隊ではしんどかろう》

短くも激しかった白色彗星帝国との戦いで、地球艦隊は戦力と宇宙戦士の7割を完全に失った。

連邦政府や市民に衝撃を与えたのはアンドロメダ級の苦戦と『ヤマト』の大破だ。

防衛軍が大きな期待を寄せていた『アンドロメダ』『シリウス』だが、『シリウス』は白色彗星に飲み込まれて行方不明。(沈没判定)
『アンドロメダ』も相前後して味方艦と衝突大破。ダメージコントロールができなかったため修理に手間取り、決戦終盤には間に合わなかった。

一説では、土方司令長官は冴子が指揮していた巡洋艦『白根』に移乗して終盤戦の指揮をとったという。
冴子は何も言わなかったが、十分あり得る事だ。

その『アンドロメダ』も大急ぎで修理と改良を施して先日復帰を果たし、並行して既存艦艇の修復と新造艦の就役が進んでいるが、それでも戦前換算で2割を超えた程度だ。

人材の一時的な枯渇が最大の損失で、白色彗星帝国が押しかけてくる前から研究と試作が進められていた全自動(無人)艦艇の本格的配備が先日発表されたばかりだ。

――閑話休題――

《今回線に潜入してみた限りでは、不審船は未確認の形状で少数らしい》
(それを先に言おうよ‥‥)

雪菜は溜息をついて歩き始めたが、すぐ傍の異変に気づいて歩みを止めた。

「!‥‥どうしました!?」
数メートル前を歩いていた子供連れの女性が蹲って苦しみ始めたのだ。

駈け寄ろうとした雪菜の前で、女性は吐血した。


「救急車だ、救急車を呼べ!」
「!!?」

別の方向から男の声と駆け寄る足音が聞こえる。

その声に聞き覚えがある雪菜は声がした方向に顔を向けた。

「大山さん!」
「お、雪菜ちゃん!」

走ってきた短躯ガニ股の男は防衛軍技術大尉の大山敏郎。
嶋津冴子や真田、古代 守らの同期で、旧『翠屋』の常連でもあり、母・桃香の葬儀にも参列していたので雪菜も知己もあった。

「吐瀉物に触れるな!救急車は呼んだか!?」
「今電話したわ!」

駆け寄った大山は女性の吐瀉物に触れないよう警告すると共に、周囲の者に救急車を呼んだか確認すると、学生らしき若い女性が携帯端末を掲げて答えた。

「‥‥‥‥」

その間、雪菜は女性が連れていた1歳前後の男児を抱き締めていたが、男児の顔を見て奇妙な違和感‥‥というより既視感を覚えた。

(‥‥この子というか、この顔立ち、記憶のどこかに残ってる‥‥?)

雪菜も一時養護施設にいたことがあり、年下の男子とも知己を得ているのだが、この男児とは面識がないはずにデジャブー(既視感)があるのだ。

「香ちゃん‥‥!」
「!?」

雪菜の右耳に大山の驚愕した声が入った。

(知り合いなのか、大山さんとこの人は‥‥)

大山が二言三言話しかけているが、女性の反応は微かだ。

そうしている間にもサイレンの音が近づいてきた。

救急隊員が女性をストレッチャーに乗せた時、金属音と共に光る物が女性から落ち、雪菜の足元に転がってきた。

(ロケット‥‥?)

手にしたそれはテントウムシ型をしていたが、雪菜が持ち上げた時、突然羽にあたる部分が開いてしまった。

(いけない‥‥!)

開いた羽の下、腹部にあたるところには若い男女が寄り添った写真が収まっている。

(恋人同士か‥‥)

見るつもりがなくても、どうしても目に入ってしまう。

(女性はこの人本人みたいだけど、隣の彼氏みたいな人は‥‥って、まさか‥‥!?)

隣の男性が目に入った瞬間、雪菜は数十秒間呼吸を忘れたが、はっとして腕の中の男児の顔を見、最後に強い後悔の念にかられた。

男児の顔に感じた既視感の根拠がわかってしまったのだ。

(じゃあ、この子は‥‥)
《レディ、この坊主は‥‥》
(その先はまだ言っちゃダメだよ。ピュアハート)
《‥‥そうだな》

――まだそうと決まったわけではないが、母親の顔を見た大山の反応と息子の顔立ちからすると、頭ごなしに全否定することもできない。
しかし、それはまた別の問題だ。

「雪菜ちゃん、その子は‥‥?」
「この人に連れられてました」
「‥‥そうか」

こちらに近づいてきた大山が、瓶底みたいな眼鏡の奥の目を見開いて男児の顔をまじまじと見た。

「ならば、当然その子も一緒だな」
「‥‥はい」

一緒に乗ろうと救急車を指差した大山に頷き返した雪菜は、男児を抱いたまま立ち上がる。

《これは、思いの外長い1日になりそうだな‥‥》

ネックレス形状で雪菜の首からぶら下がったピュアハートは、やれやれと言った調子で呟いた。
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