第1章:侵掠の彗星(白色彗星帝国戦役編)

□女艦長と巡洋艦〜断じて巡洋戦艦ではない〜
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――8月19日、防衛軍・舞鶴造船工厰――

「‥‥‥‥」

防衛軍大佐・嶋津冴子は、明日から預かる巡洋艦『白根』の左舷舷側に立つ。

――巡洋艦『白根』は、周囲の宇宙軍艦船とは明らかに異なるフォルムをしていた。

現行の巡洋艦が紡錘形艦体を採用しているのに対し、この『白根』は箱型で、ヤマト同様、水上艦色が強い艦形をしている。
艦首突端に開口している波動砲口は上下が薄く、左右が細長いが、肝心の波動砲には新型の増幅装置を付加したため、主力戦艦並の威力を持っているという。

箱型艦体は前方投影面積が広くなり、被弾リスクが高くなる反面、艦内のスペース効率は格段に向上し、居住性もだいぶ良くなる。
直接防御力も、アンドロメダ級戦艦と同材質の装甲板を採用したことで、現行の巡洋艦よりら強靭な艦になっているという。
とはいえ、自艦の16インチ主砲弾を防げるほどの強度がないところが戦艦になれなかった証拠だ。

冴子は舷門に立つ警備隊員にIDを提示し、艦内に足を踏み入れた。

――艦に入って最初に行うのはセキュリティシステムへの登録だ。

居住エリアはともかく、それ以外のエリアは所属により立入禁止になる事がある。

当然ながら、艦長には全エリアへの立入権限が与えられるが、その分初期登録に時間がかかる。

何人かの乗組員は既に乗り組んでおり、挨拶を交わしながら、冴子は艦橋への階段を昇る。

艦橋に行く場合はリニアエレベーターを使えるのだが、軍人たる者、それに頼ってはいけない。

再び艦長に戻ったとはいえ、冴子はまだ第一線から退く気は毛頭なく、必要があれば自ら先頭に切って白兵戦に突入するし、コスモタイガーの操縦桿を握るつもりでいるのだ。

真新しい匂いがする艦橋に足を踏み入れる。

(――先客か?)

どうやら声に出して確認しながら操作しているようだ。
その声は艦橋の最前部から聞こえてきた。

「‥‥近藤さん?」

冴子が声をかけると、声が途切れ、席から壮年の男が立ち上がるや、冴子に向き直って敬礼してくる。

「挨拶が遅れ、申し訳ありません。副長と航海長を拝命しました、近藤清市です」
「いや、突然声をかけてしまって済みません。
‥‥艦長の嶋津です。よろしくお願いします」

敬礼を交わして握手する。
――上官は冴子だが、艦船(ふな)乗りとしては近藤の方が遥かに経験がある。

命のやりとりをする現場だ。上官と部下としての節度は厳守しなければならないが、命のやり取りをする現場で徒に階級をふりかざしたところで、部下はついて来ない。

ともすれば、階級=人間の出来と勘違いする若い士官もいるが、そんな上官に自分の命を預けたいと思うマゾヒストはいないだろう。
過去には部下が上官を惨殺する事件すら起きたのだ。

部下であろうと、人間としての配慮は義務であると冴子は考え、他人から苦言を言われても変えるつもりはない。

事実、冴子の部下になった者の生還率は相対的に高く、残念女だのトラブルメーカーだのとけなされようが、部下からの信頼は“意外に”高いのだ。

近藤清市は『白根』クルーでは最年長にあたる53歳。
冴子達の世代すらベテラン扱いされる今の地球防衛軍では“超”“大”が複数つくベテラン宇宙戦士だ。

派手さは全くないが、対ガミラス戦時、いかなる局面でも艦の針路を乱さなかった強靭な精神力と安定感は、若い乗組員の手本になるだろう。

無論、最も試されているのは艦長たる冴子自身だ。
部下1人の背後には家族や親族、友人ら、何人もの人がいる。
部下の命が失われれば、数倍する数の人が悲嘆の涙にくれる。
だからこそ、死なせないために最善を尽くさなければならない。

艦橋を後にし、“艦内旅行”を再開したものの、終わったのは翌日未明になっていた。

「‥‥もう1日早めればよかったかな‥‥?」

ぼやきながら艦長居室の机に突っ伏した冴子。
乗組員総員集合時刻まで、もう半日もない――。

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