第1章:侵掠の彗星(白色彗星帝国戦役編)
□鬼司令と女艦長
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――2201年8月7日、地球防衛艦隊暫定旗艦『越後』――
「嶋津副長、よろしいでしょうか?」
「?何だ?」
新任の砲術士の指導に当たっていた『越後』の副長兼戦術長である嶋津冴子中佐に次席通信士が声をかけ、冴子も振り向いて質した。
「土方司令がお呼びです。5分以内に来いと」
「‥‥わかった。すぐ行く」
土方司令とは、地球防衛艦隊司令長官にして『越後』艦長の土方 竜だ。
冴子にとっては直属上官であると同時に、訓練生時代の担任教官でもあるが、彼は『鬼竜』の異名を奉られた程、厳格かつ妥協なしの教練を課した屈指の鬼教官で、冴子にとっては数少ない頭が上がらぬ上官の1人である。
それはこの『越後』でも同じで、着任の挨拶に来た冴子に、土方は開口一番申し渡した。
「艦(越後)の事はお前に任せる。判断に困る事案だけ持ってこい」
「‥‥は?」
「お前がこの艦を仕切れ。いいな?」
――土方は全艦隊のトップとして、艦隊の再編や訓練指揮に専念するため、『越後』個艦のことは基本的に全て副長の冴子に丸投げしたのだ。
以来、操艦に事務処理に精を出す毎日だったが、『越後』は暫定とは言え地球防衛艦隊の総旗艦だ。
旗艦の操艦ひとつが艦隊の命運を左右する事もあるから、万事において土方の要求レベルは高く厳しく、冴子は毎日のように叱り飛ばされた。
毎日、土方の厳しい駄目出しを受けては改善策をまとめたレポートを作成して提出し、心身ともヘロヘロで自室に戻る。
遠くイスカンダルで絶世の美人妻と乳繰り…もとい、仲睦まじく暮らしているであろう同期の親友その1と己を比べ、“月とスッポン”どころか“星とゾウリムシ”だとぼやきにぼやいていた――。
「お前に昇進と新造艦艦長の内示だ」
「‥‥はゐ?」
艦長室に出頭した冴子に、土方は開口一番でそう告げたが、それを聞いた冴子は数十秒間呼吸を忘れた。
「‥‥いつまで間抜け面しているつもりだ?さっさと目を通せ」
土方はデスクの上のファイルを指差し、読めと促した。
ファイルには二枚の内示用紙が挟んであり、いずれも冴子宛のものだ。
1枚目は、
『8月20日付で宇宙軍大佐に任ずる』
2枚目も20日付の発令人事で
『巡洋艦《白根》艦長を命ずる』
とあり、日本標準時の同日午前9時に舞鶴軍工廠の建造事務所に出頭せよと追記してあった。
(あの『白根』か――?)
その名は軍内部でも様々な憶測を呼んでいた。在来の巡洋艦とはかなり異なるコンセプトによる艦とは聞いていた。
「『白根』は、人類の将来を睨んで開発された艦だ。現行の艦艇を近海防衛型とすれば、この『白根』と、再来月に竣工する『大雪』は遠洋航海型だ‥‥これからお前達に課されるだろう任務は、人類の将来をも左右する。任せたぞ」
「‥‥‥!」
師と仰ぐ人物にここまで言われた以上、否応なしに肚を括るしかない。
「わかりました。全力を尽くして任務に当たります」
踵を揃えて敬礼する冴子に、土方は厳しい表情を崩さぬまま答礼しながらも、口許を僅かに綻ばせた――。