鏡合わせのオレとオレ
□2 絶望の後の光
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バターンッッ
オレが膝から崩れ、倒れた音が蔵中に響く。
物静かな蔵の中だ。
それはそれは凄く響いた。
「誰だ!?泥棒かっっ?」
じいちゃんの声だ。
どうやらさっきの音を聞きつけたのであろう。
本来なら、ここでオレが返事を返せば終わることだろう。
しかし、この時のオレにはそんな気力はなかった……
ドスドスドスとじいちゃんの足音が近づいて来る。
そして、その音が間近に迫った時、ようやくじいちゃんはオレの存在に気づいたようで、
「ヒカル!?大丈夫かっっ!?」
と言って、オレの方まで駆け寄ってきて、オレを抱き起こした。
じいちゃんの心配そうな目がオレを覗いている。
オレは心配を安らげようと、首を縦に振った。
「そうか、それは良かった良かった!というか、いつ目覚めたんじゃ?しかも、どうしてこんなところに?思わず、泥棒かと間違ったぞ。その上、パジャマとは……いったいどうしたんじゃ?」
どうした?
そうだ!
オレはあの日々が夢ではなかったということを証明するために此処に来たんだ!
オレは下げていた顔をバッと上げ、じいちゃんの顔を見た。
「じいちゃん……この蔵に碁盤ってあったよな?あの烏帽子をかぶった幽霊が取り付いてるって噂の………」
頼むから肯定してくれ!!
オレの心は、その言葉一色だった。
じいちゃんは顎に手を当て、唸っている。
「はてなぁ……そんなのあったかのぉ?うぅーん…ぁぁ、そういえば昔、兄さんの形見としてもらった碁盤がそんな曰く付きだった気がするの……」
オレはピンってきた!
希望の光が降り注いできた気分だ!
たしか、そんなことを前じいちゃんが言っていたことを思い出したからだ!
「それ!それだよ、じいちゃん!何処にあるんだ!?」
オレは思わず、じいちゃんに詰め寄って聞いた。
じいちゃんはそのオレの迫力にタジタジになりながら
「なっなんでヒカルがその碁盤のことを知っているんじゃ?その碁盤はお祓いを頼んだ神社で盗まれて、この蔵にあったことなどないのに……」
と言った。
オレは耳を疑った。
思わず、
「……盗まれた?………この蔵にあったことがない?」
と復唱してしまう。
頭の中が真っ白になる。
たぶん、顔色もたいそう悪かったのであろう。
じいちゃんが心配そうに
「ヒカル、大丈夫か?具合が悪いのか?」
と聞いてきた。
でも、その言葉に返事を返す余裕などなくなった。
これで、オレのあの日々が真実だって言えなくなったから……
嘘だろ嘘だろ嘘だろ嘘だろ嘘だろ嘘だろ!!
頼むから嘘だと言ってくれ!!
佐為と過ごしたあの日々が夢だなんて、ありえない!
囲碁をやっていないオレなんて、オレじゃねーだろ!?
何か……何か手がかりはないのか!?
そうやってオレは混乱しまくっていると
ピピピピピピピピーー!!
という音が家の方から聞こえてきた。
「電話のようじゃの。さ、ヒカル。ここは空気が悪いし、家の方に行くかの。」
じいちゃんはそう言って、オレを半ば無理やり、家の方へと連れて行った。
じいちゃんは、家に入ると大急ぎで電話に出た。
「はい、進藤です。おや、美和子さんじゃないか。どうしたのかね?」
どうやら、母さんからのようだ。
じいちゃんの声に耳をすませていると、だんだん焦ったような声になっていった。
「!?ヒカルならわしの家におるぞ。パジャマ姿だからおかしいとは思ったが……まさか病院から脱走したとは……」
あぁ、母さんはオレのことを心配して、じいちゃんに電話したのか。
そうだよな、目覚めてすぐ飛びたしちまったからな……
そりゃぁ、母さんもすげー心配しただろうな……
電話が終わったようで、じいちゃんはオレに声を掛けてきた。
「ヒカル……美和子さんが凄く心配しておったぞ。目覚めてすぐに脱走とは……全く、中2にもなって、周りへの配慮もできんのかね?まぁ、過ぎたことは仕方ない。美和子さんがもうすぐ此処に来るからその時しっかり美和子さんに怒られなさい。」
オレはその言葉に肯いた。
………………………
ちょっと待て!
「え!オレ中2!?もう中学校卒業したじゃん!!」
オレがそう大声で言うと、じいちゃんはポカンとしながら
「何を言ってるんじゃ?あぁ、もしかして頭を打った後遺症かの?」
と言って流された。
いったいどういうことなんだ?
オレは囲碁をやっていない。
じいちゃん家の蔵にあの碁盤がない。
オレは中2。
オレの記憶とは違うことばかりだ。
「あぁそういえばヒカル。お見舞いにあかりちゃんが来てたみたいだぞ。美和子さんと一緒に来るみたいだ。」
じいちゃんが言ったその言葉によって母さんが言った言葉を思い出す。
『ヒカルは、5月5日に事故に会ったのよ。…あかりちゃんをかばってね。』
違う………
オレはあかりをかばって事故にあったんじゃねえ。
佐為のことを考えてたら車に跳ねられたんだ。
事故にあった年も違う。
一緒なのは5月5日に事故にあったということだけだ。
ここまで違う点があるってことは、もしかしたら………
この体は、違う世界の進藤 ヒカルなんじゃねぇか?
それも、佐為に出会わなかった世界の………
すっげぇ非現実的だが、これ以外に考えられない。
いや、考えたくないのかもな……
もしその仮説が正しくなかったら、あの日々はまるまるただの夢か、頭を打ったことによう後遺症ってことになっちまうからな……
オレは途方に暮れた……
今までオレが必死に積み上げてきたものをまるまるなかったことにされてしまったのだから……
………いや、まるまるじゃねぇ。
あいつに、佐為に教えてもらった“碁”がある!
オレの記憶に残っている!
たとえ、この世界のオレが佐為と出会っていなかったとしても!
…………出会っていない?
佐為はまだあの碁盤にやどっている?
つまり、佐為はまだ消えてない?
もしかしたら………
盗まれた碁盤を見つけ出せたら………
また佐為に会えるのか?
その考えに至った瞬間、さっきまでのオレの絶望感が一気に霧散した。