鏡合わせのオレとオレ
□1 夢だなんて、認めない
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暗い暗い闇の中をオレは漂っている。
何処を見ても暗闇ばかりで、何もない世界が無限に広がっているかのように思われる。
オレは、不安な気持ちが込み上げてきてついつい大声で叫んでしまう。
「おーい!誰かいないのか!?……ここは何処なんだよ!?」
だが、オレの声がこだまするだけで、何処からも返事は返ってこなかった。
オレはもう一度叫ぼうと、息を大きく吸い口を開く。
すると………
「ここはな、オレの心の世界だぜ。」
何処からともなく声が聞こえてきた。
音源を探そうと努力してみるが、いたるところから聞こえてくるように錯覚されられているのか、全く音源をつかむことができない。
「“オレの心の世界”って何だよ!?」
「オレの心の世界はな、お前の心の世界でもあるんだぜ。」
声の主は、楽しそうに、謎掛けをするかのように言う。
それが、オレにとっては腹立たしくてたまらない。
「さっきから、意味わかんねぇ事ばっかり言ってんじゃねーよ!!さっさと正体を現せ!!」
「ええーー、やだよ!こんぐらいの仕返しぐれぇさせてよ!」
…………仕返し?
オレは、こいつに何かしたのか?
オレは少し不安になり、今までのことを振り返る。
そして、この声は凄く聞き覚えがあることに気がついた。
「ちょっと待て!オレとお前は知り合いなのか!?」
「う〜ん……どーだろーなぁ?知り合いかと言われればちげーし……かと言って、他人かと言われればちげーし。んー………オレはお前に一番近い奴だぜ!!」
一番近い奴と言われたら、オレには佐為しか思いつかない。
しかし、この声は明らかにあいつの声じゃない。
なら、いったい誰なんだ?
オレがそれをもう一度問おうとするとこの声の主は話始めた。
「あーー……もうタイムアップかぁ……それじゃ、母さんやあかり達によろしく!!」
母さん?
あかり?
何故こいつが知っているんだ?
なんでこいつが“よろしく”なんて言う?
それらのことを聞こうと声を出そうとするが、声が何故か全く出ない。
そして、今度はまた別の声が聞こえてきたことに気がついた。
「………ル!?…カル!?…………ヒカル!!」
ばっとオレは起き上がる。
辺りを見渡すと白を基調とした部屋の中、母さんがすぐ側で心配そうな顔をしながらオレを見ていた。
どうやら此処は病院の一室であるようだ。
「………母さん?」
「あぁ!!良かったわ、無事に目覚めて!!怪我自体は軽いものだったのに、頭を強打したせいか目覚めなくて本当に心配したのよ!もう目を覚まさないんじゃないかって……………本当に目覚めて良かったわ…………」
母さんが涙を浮かべながらオレを抱きしめる。
しかし、オレには何故そんな事になったのか思い出せない………
「………オレ、どーしたんだっけ?」
オレがそう言うと、母さんは抱きしめていた腕をバッと話しながら驚いたように
「あんた、何も覚えてないの!?」
と言った。
オレは本当に全く覚えていなかったので、その言葉に頷いた。
母さんは少し困った様な表情を浮かべながら、何があったのかを話してくれた。
「もう1ヶ月以上前なのよね……ヒカルは、5月5日に事故に会ったのよ。…あかりちゃんをかばってね。事故に会ったって連絡された時は、凄く驚いたわ……病院に急いで駆けつけたら、命に別条はないって言われて安心したのに、ヒカルったら全然目を覚まさないし。あかりちゃんったら責任感じちゃって、凄く落ち込んで……あとで大丈夫だって連絡しないとね。」
オレは母さんの話を聞いて愕然とした。
1ヶ月だって!?
オレはそんなに眠っていたのか!?
オレは混乱しつつも、棋戦がどうなったのかが気になった。
オレはタイトル保持者だったし、1ヶ月も眠っていたら、碁界に多大な影響を及ぼしたであろうから……
「かっ母さん!棋戦はどーなったの!?」
オレがそう言うと、母さんはキョトンとした表情を浮かべながら
「“きせん”って何?」
と言った。
オレは大いに驚いた。
母さんが棋戦を知らないなんてあり得ないことだから。
しかし、今はそれよりも碁界が気になる。
「囲碁だよ、囲碁!!オレ、囲碁のプロ棋士じゃん!しかもトッププロ!!碁界がどうなったかすげー気になるんだけど!」
母さんの顔を伺うと、目が点になっていた。
「……あんた、頭を打って、頭がおかしくなったんじゃない?あんた今まで一度も囲碁なんてした事ないのに、プロだなんて………1ヶ月眠っている間に夢でも見てたんじゃない?」
夢…………!?
夢だって!?
そんなわけない!!
オレは確かに、囲碁のプロ棋士で、タイトルだって苦労して手に入れたんだ!!
もし、オレが囲碁に関わってきたことが全て夢だったら、あいつは……佐為はどうなるんだ!?
塔矢は?和谷は?
みんなみんな夢だったなんて言うのかよ!?
そんなの絶対に認めない!!
「………目覚めたばかりで混乱してるのよね……。もう寝なさい。寝たら落ち着くと思うから。」
オレはいてもたってもいられず、ベットから飛び出し、病室から走り出した。
「ヒカル!?」
母さんの制止が聞こえたが、オレは無視を決め込んだ。
エレベーターが見えたが、エレベーターが来るのが待ちきれず走り出す。
エレベーターの横にあった階段を駆け下り、病院の出口から飛び出した。
ハァハァと息があがる。
1ヶ月も寝ていたのだから当たり前だ。
本来なら、こんな風に走ることさえ出来ないだろう……
だが、オレは思いの強さだけで、なんとか体を動かしたのだ。
病院を出ると、ここが何処かはすぐに分かった。
オレが入院していたのは家の近所にあった大病院だったのだ。
オレは再び走り出した。
走っている最中、周りからの視線が凄く集まる。
よくよく考えると、オレは入院していたのだからパジャマ姿だ。
それはそれは、目立つだろう……
それでもオレは走った。
目的地はそんなに遠くないからだ。
しばらく走ると、やっと目的地へと着いた。
体はもうボロボロだ。
1ヶ月寝ていて、すっかり落ちた筋肉を動かしたのだ。
明日は酷い目に会うだろう……
オレは重い扉を開いた。
中はやっぱり埃くさい……
そう、オレの目的地はじいちゃん家の蔵。
佐為と出会った場所で、あの碁盤が置いてある場所だ。
オレは梯子を登り、あの碁盤を探す。
5分……10分……15分と探した。
しかし、あの碁盤は見つからない……
「どーしてだよ!?何でないんだ!!」
オレはショックのあまり、その場に崩れ、倒れてしまった……