あぁ、懐かしの友よ

□17 懐かしの「夢」12
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オレは凄く凄く急いだ。
たぶん、過去のタイムを遥かに上回るスピードで。
オレにとって、囲碁関係……いや、一柳先生に関係することでの遅刻はあり得ない!
師事を受ける立場として、あり得ないと思っているからだ。
だから今まで一度も遅刻などしたことがない。
それなのに……それなのに!!

オレは悔しい気持ちでいっぱいだった。

オレは大通りに出ると、すぐに財布の中身をチェックした。
思っていたよりも財布の中身は入っていた。
オレは最初は電車で行くつもりだったが、タクシーの方が断然早いだろうと判断し、タクシーに乗ることにした。
普段ならあり得ないだろう。
タクシーを個人のことで利用するなんて。
そんなに、お金持ちではないのだから。
でも、今はお金よりも少しでも早く着くことが大切だと判断したのだ。

オレは手を挙げタクシーを止める。
中に乗り込むとすぐに、

「日本棋院まで!なるべく急いで下さい!!」

と早口で言った。
運転手の人は、「分かりました。」とだけ言って車を動かし出した。

道は日曜日の東京の昼間だというのに、あまり混んではいなかった。
不幸中の幸いだろう……

オレは目的地の日本棋院に着くと、タクシーの運転手に代金を払いタクシーから飛び出した。

入り口に掲示板があり、それを見て研究会の場所を確認する。

オレは周りの人にぶつからないように細心の注意を払いながら、駆け足で階段を登る。

ようやく、目的地の部屋が見えた。
オレはその部屋まで駆け寄り、靴を脱いで襖を開ける。

「遅れてすみませんでした!!」

凄い勢いで入って来たオレをその場にいた全員が凝視する。

「あぁ、大河君か。いやぁー驚いたよ、凄い勢いで入って来たからね。まぁ、良かったよ。まだ準備中だったからね。」

一柳先生が笑顔でそう言ってくれた。
それを聞いてオレは安心した。
準備を最初から手伝っていないのは一番年下として、悪いことだが、研究会中に入って来る方がもっと悪いと思ったからだ。

「準備を最初から手伝わずにすみません……」

オレがそう言うと、一柳先生は

「いやいや、大河君はいつも一番に来て準備や片付けをしてくれてるからね。こんな日があっても大丈夫さ!」

などと言ってくれた。

「その坊主が、噂の一柳の新しい弟子か?」

声がした方を見ると、そこには森下九段がいた。
そう、今日は森下九段の研究会と合同での研究会だったのだ。

「森下九段、せっかくの合同研究会だというのに遅れてしまい、本当にすみませんでした。……ところで、その噂とは……?」

オレは深々と謝罪してから気になったことを聞いた。

「あぁ、その噂ってのは一柳のとこにプロ並に強え奴が弟子入りしたってやつさ。棋院じゃ結構有名だぜ?」

森下九段がニヤリとした笑みを浮かべながら言うと、いきなり森下九段の横にいたオレと同じくらいの少年が

「ええ!?それじゃこいつがあの第2の塔矢 アキラって噂の奴ですか!?」

と大きな声で言った。

「そうそう。この子がその噂の加賀 大河君さ!ついでに、今度のプロ試験を受けさせるつもりだよ。」

一柳はその少年の言葉ににっこりとしながらそう返した。

てゆうか、一柳先生……
その話、初耳なんですけど。
まぁ、早くプロになりたかったから嬉しいんだが。

「それじゃ、和谷のライバルだな。あぁ、こいつはオレの弟子の和谷だ。今中2だぜ。こいつも次のプロ試験を受けるんだよ。」

森下九段が和谷の背中をバンバン叩きながらオレに紹介してくれた。

「それじゃ、大河君の一個上だね。そうだ!せっかくの機会だし、同じプロ試験を受ける者同士、対局をしてみたらどうだい?」

「それは良い!!プロ試験の前哨戦だな。和谷、負けんなよ!!」

「がっ頑張ります!」

和谷は、森下九段の発破によってドキマキしながらも、オレの方に歩いて来た。

「それしゃ、一局お願いします!」

オレは笑顔で和谷にそう言った。

「あー……敬語じゃなくて、全然いいよ。年だって一個しか変わんねーし。」

和谷はポリポリと頭を掻いた。
なんだか、照れくさそうだ。

「んじゃ、お言葉に甘えて。よっし!一局打とうぜ!!」

「あぁ!!」

オレと和谷は用意されていた一つの碁盤の前に座る。

「オレがにぎるな。」

「おう。」

和谷が碁石をにぎる。
その結果、オレは黒石になった。

石の確認が終わって、準備万端。
オレと和谷の目が合い、そして……

「「お願いします!!」」

対局が始まった。
















side:和谷

そいつが初めて現れた時、オレはこんな若い奴がこの合同研究会にオレ以外にもいるんだと驚いた。
たぶん、年はオレと同じくらい。
どれくらいの棋力なんだろうって凄く気になった。

一柳棋聖と師匠とのその少年との会話で、その少年が今、棋院で噂になっている一柳棋聖の新しい弟子だと知った。

オレは驚きのあまり、つい声を出してしまったんだ。
だって、驚くだろう?
噂では、塔矢 アキラ並の棋力を持った奴が新しく一柳棋聖の弟子になったとだけ。

普通にもうちょっと年上かと思ってたんだ。

まぁ、囲碁の棋聖に年齢は関係ないってことぐらい分かっていたが、それでもあの塔矢 行洋の息子で2歳から囲碁をやっている塔矢 アキラと同じくらいの棋力の奴だったら、塔矢 アキラよりは年上だろうってかってに思ってたんだ。

でも実際は、塔矢 アキラと同い年でオレの一個下。
しかも、次のプロ試験を受けるだって?

一回対局して、本当の実力を知りたいなぁなんて思っていたらタイミング良く、師匠と一柳棋聖がオレとその加賀っていう少年の対局をお膳立てしてくれた。

オレはラッキーって思ったね。

オレが加賀っていう少年に近づいたら、敬語で話しかけられた。

なんか照れちまった。

院生じゃ、年の差なんて一、二個じゃなかったようなもんだし、わざわざ敬語で話す必要なんて無いって思って「敬語じゃなくて、いいよ。」って返した。

「それじゃ、お言葉に甘えて。」

って言ったあとの言動の方が加賀にはあってんなって思った。

そしていよいよ始まった対局。
加賀が黒番で先行。
ビシッとカッコ良く石を打った。
その打った右手の人差し指の爪は磨り減っている。
オレと同じ碁打ちの手だ。
これだけ磨り減っているってことは、凄く碁を打っているってことだ。
評判通りきっと強いだろう。
オレはワクワクしてきた。

やっぱ囲碁って楽しいってな!




そして展開はどんどん進んで行き、いよいよ最終局面。
……状況は、オレの不利……

いや、不利なんてもんじゃない。
活路が見出せないのだ。

鮮やか過ぎる打ち方だと思った。
どんどん展開が進んであっという間にこの形勢だ。

気づいた時にはもう手遅れ……
という感じだった。

「………ありません。」

オレは降参した。
これ以上の活路を見出せなかったからだ。

「え!?降参なのか!?」

オレはその加賀の言葉に違和感を感じる。
まるで、まだ活路があったかのような言いように……

「……これ以上手はないだろう?」

オレがそう言うと、加賀は盤上のある部分を指差しながら、

「ほら、ここ。ここをこうやって、こうやって、こうなったら……な!ここの部分が生き返っただろ!そしたら、まだ勝負は分かんなかったぜ!!」

って笑顔で言ったんだ。

オレには全く思い浮かばなかった手だ。
あぁ、完敗だなって思った。

でも、すっごく楽しい対局だった。

「くっそーー!その手があったかぁ……次は負けねぇぜ、加賀!!」

確かに加賀は強かった。
オレが思うに、塔矢 アキラ以上じゃないかなって思う。
プロ並っていうか、プロ上段者並だと感じたし。
でも、それでも、次のプロ試験をこいつも受けるなら、例えどんなに強くても負けられないんだ!

って思ったからオレはこう返した。

「へん!次も負けねーぜ!」

ニヤリとした笑みを浮かべながらそう返してきた加賀。
でも、その目は対等な奴を見る感じで、全く嫌味がない。

こんだけ強かったら、嫌味な奴でもおかしくないのに、全くそんな感じではない。

オレはそんなこいつと友達になりてーなって思った。

「加賀、同じプロを目指す者同士よろしくな!ま、先にプロになんのはオレだけど。」

「こっちこそ、よろしくな!和谷!!だが、オレのが先だし!!」

オレと加賀のが軽く睨み合う。
そして……

「「プッッ!!」」

お互いにその睨み合うことが可笑しくなってつい噴き出してしまった。

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