IS 〜天使の翼〜2
□第46話
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「もう、こんな時間か……。そろそろ夕飯の支度しないとな」
みんなしてわいわいと騒ぎながらも楽しんでいたせいか時間はあっという間に過ぎて、壁にかけられた時計を見れば五時を指していた。
「そう言えばみんなは何時まで居る?夕飯の食材を買ってこないと――」
一夏が最後まで言う前に女子達の心の中で『これはチャンス!』と響いた。
「そ、それなら私が夕飯を作ってやろう!」
「そうね!久々にあたしの腕前を披露してあげるわ!」
「ぼ、僕も作るよ!」
「無論、私も加わろう。嫁の為にな!」
「私も……頑張る……!」
「私も作ちゃうよ〜!」
「わたくしもそろそろ前回の汚名を返上させて頂きますわ!」
「お、おう……みんなありがとうな。近くにスーパーがあるからそこに行こうぜ」
まだ起きないソラをソファーに寝かせると一同は買い出しに出た。
「それじゃあ、みんな食材とかはまとめて俺が払うからこのカゴに入れてくれ」
スーパーに着くとカゴを持った一夏がみんなに言うと、それぞれメニューを考えながら店内を廻る。
「そう言えば、さ……」
「ん?どうした鈴?」
一行の最後尾を歩く一夏に鈴が話しかける。
「そ、その……部外者のあたしが言うのはちょっと、アレだけど。そろそろ、あの子達にもソラの脚の事話したら……?」
「……シャルロット達が聞きたがってたのか?」
「ううん……でも、早めに話しておくといいと思う。ソラの為にもあの子達の為にも……そして、あんた自身の為にもね」
「…………」
「気が進まない話だってのは知っているし、あんたが責られるかもしれないってのは分かるわ。けど、あの子達は信用できるし、ソラも信頼している。いつかは話すべきよ」
「そう、だよなぁ……」
「も、もし……その……あんたが責られてもあたしはあんたの味方でいるわよ。だから――」
一夏は歩くのを止め、隣に居る鈴の頭の上に手を置くと優しく撫でる。
「鈴、ありがとうな」
「べっ!別にあんたの為じゃないわよ///!あたしはソラの事を想って――」
人前で頭を撫でられている恥ずかしさと一夏から送られた感謝の言葉が鈴の心情を大きく揺らがせ、顔は真っ赤に染まる。
「はははっ、分かった分かった。…………なぁ、鈴」
「なっ、何よ……///」
からかった様子から一変し、今度は真剣な眼差しで自分の事を見る一夏に鈴はドキッと胸が高鳴る。
(な、何なのよ!人を弄ぶ様に弄って……ま、まさか!?こっ、ここっ、告は――)
「――鈴」
「――ひゃ、ひゃいっ!な、何にかしら……?」
バクバクと胸の高まりが強くなり両手で抑えながら一夏へ目線を合わせる。
そして――
「セシリアの料理の腕、上達したと思うか?」
前回、セシリア製のサンドウィッチの被害者になった一夏にとっては死活問題レベルの事で大真面目に鈴に聞いたつもりなのだ。
しかし、話のタイミングを知らない人――否、唐変木級に超鈍感な一夏は鈴の期待を裏切ったのだ。
「……どうせ……こんな、事だろう……と……思っていたわよ……!このっ――バアァァァカッッ!乙女の恋心を弄ぶ奴はセシリアの毒料理(ポイズンクッキング)でも食べて死になさい!!」
その後も、店内に鈴の涙混じりの声が響いた。
――ポーン――
「……ぅ、ん……」
ピンポーン
「だぁれ〜?一夏君〜、居ないの……?」
ソファーで寝ていたソラは一夏の事を呼ぶが家には彼女以外誰もいない。
「みんな出かけたのかな?仕方が無い……」
ピンポーンピンポーン
「は〜い、今出ますよ」
インターホンに急かされ、ソラは急いで玄関の扉を開く。
ガッチャ
「はい、どちら様で――「こんにちは、ソラさん」――ふぇ、山田先生!?それに、千冬お姉ちゃん」
どうやら、二人とも先日渡した沖縄旅行の帰りらしい。
「ソラさん、沖縄の旅行本当にありがとうございます。これ、お土産のお菓子です」
真耶はソラへお土産の紅○タルトと書かれた買い物袋を渡す。
「すみません、山田先生。わざわざ、届けにきてくださって……」
「いいえ、高校時代の修学旅行みたいで本当に楽しいかったです。千冬さん、私はこれで……」
「おう、真耶も気を付けて帰れよ」
道端に停めてもらってたタクシーに乗り込むと真耶は帰っていった。
「さて、私もソラへお土産を渡そう。これだ」
千冬が差し出したのはやや大きめな小包だが落とさないように大切に両手で持っていた。
「とりあえず、聞くけど……何?」
「フフフ、驚くなよ……シーサーだ!」
「……………………」
「シーサーだ!」
千冬は「どうだ嬉しいだろ?」と、言わんばかり満足げな表情をしているがソラは苦笑いを浮かべる。
「二度言わなくてもいいよ……。ありがとう、千冬お姉ちゃん……う、嬉しいよ……」
別にシーサーに対して悪気は無いのだが、お土産ならもっと他にあっただろうと言いたかったがそれは胸の奥に閉まっておこう。
「とりあえず、玄関横の靴箱の上に置いとこうね」
流石に屋根の上に置くわけにもいかないのでここで我慢してもらおう。
「ん?誰か来ていたのか?」
旅行鞄を担ぎ、リビングへ入った千冬はテーブルの上にあるコップや出しっぱなしのゲーム機などに目を合わせる。
「うん、学園のみんなが遊びにね。今、片付けるから荷物を部屋に置いてきて。あ、洗濯物も忘れずに出してね」
「はいはい、分かっているさ。お母さん」
千冬は可愛がるようにソラの頭を撫でる。
「はぁ……まったく冗談言ってないで千冬お姉ちゃんも家事出来るように練習してよ。このままだと良いお嫁さんになれないよ?」
二十歳を過ぎ立派な社会人なのだから最低限は出来てもらわないと困るのだが……。
「それは心配するな、私にはソラが何時までも居てくれるからな。結婚しようなどと申し立てて来る不届き者は全員返り討ちにしてやる!」
(うわぁ……これはあと何年先かなぁ……)
ソラは千冬の家事レベル以前に結婚する気を本人に起こすのが先だと悟った。
「ただいまーっと、夕方なのに外あぢぃ〜」
スーパーまで買い出しに行っていた一夏達が帰ってくる。
「げっ!ち、千冬さん……どうしてここに……?」
買い物袋を持ったままリビングへ涼みにきた鈴だが既にソファーには千冬が居座っていた。
「ここは私の家だ。寛いでいて問題ないだろう?」
「そ、そうでした……お邪魔してます……」
蛇に睨まれた蛙、鷹の前の雀、猫の前の鼠など、例えは幾らでもあるが昔から千冬が苦手な鈴は態度も身体も只々小さくなるしか無かった。
「――んで、お前達は?」
次に目線を向かわせたのは鈴の後からの入ってきた女子達。
「お、お邪魔してます。千冬さん」
「お邪魔しておりますわ、織斑先生」
「こんにちは、織斑先生」
「教官、お邪魔してます」
「織斑先生〜、お邪魔します〜」
「お邪魔します……織斑先生……」
鈴という見本を見た後の女子はすぐさま挨拶を済ませると逃げるようにキッチンの奥へ移動した。
「そう言えば、千冬姉は何時帰ってきたんだ?連絡してくれれば迎えに行ったのに」
「お前達が帰ってくる少し前さ。帰りの便が少し遅れたから連絡は止めたのだ」
テレビを見ながら何気無い会話をしていると千冬は「それよりも……」とキッチンで慌ただしく料理をする女子達を見る。
「あいつらが夕飯を作るのか?」
質問に一夏が頷くと千冬は「ソラの手作り料理を食べたかったのだが……」と軽くぼやく。
「まあまあ、本人達が作りたいって言ってるからいいだろ?俺は風呂掃除してくるから二人はのんびりしていてくれ」
そう言い、一夏はリビングを出て行った。
「ふむ……あいつらの腕を確かめる機会には丁度いいかもな(ボソッ)」
「ねぇねぇ、千冬お姉ちゃん。何が丁度いいの?」
「ん?ソラには関係の無い事さ。ん〜、今日も可愛いなぁ〜」
千冬は自分の膝元に載せ、テレビを一緒に見ていたソラに両手を廻した。
「――ひゃあ!もう、お腹弄るの止めてよー!」
服の中に潜り込んで触り続ける千冬を止めようとするソラだったが力の差は一目瞭然。
到底、無理だった。
「約一週間もソラに会ってい無かったのだ。不足したソラ成分を補充しないとな!」
「……ちなみに今は何%?」
「30%だ。後で一緒に風呂にも入るからな!」
「はいはい、分かったよ」
活き活きと接してくる千冬にソラは完全に諦めた様子で淡々と相槌を返し、早く開放されるのを気長に待っていた。
その頃、キッチンでは――
「これは、マズイな……」
「ええ、かなりマズイわね……」
割烹着姿の箒とエプロン姿の鈴が深刻そうに頭を抱えていた。
「ど、どうしたのっ?二人ともそんなに悩んで」
身支度が出来ているなら調理すればいいのに……と、シャルロットは思いながら二人に話しかける。
「あんたアレを見て分からないの?」
鈴が指さしたのはリビングで寛いでいる千冬とソラだった。
「ま、まさか…………織斑先生までソラとあんなにイチャイチャして!僕も一緒に居たいのに!!」
シャルロットの予想外の結論に箒と鈴は只々、呆れるしかなかった。
「――あ、あんたね!ちゃんと見なさいよ!千冬さんが居るって事は私達が作った料理を食べるってことよ。つまり、私達は千冬さんに試されているって意味よ!!」
「それに加え、今回はソラは調理しない。私達が作る料理で満足してくれるか……」
ソラの料理の腕は既に全員が知っているがその料理を昔から食べている千冬の確実に舌は肥えている。
想いの人へ自分をアピールするチャンスでもあり、保護者である千冬へアピールするチャンスで一石二鳥だが同時に失敗も許されない。
そんな不安と期待を胸に少女達は調理を始めた。
「んっ……しょ。ああもうっ……このジャガイモ切りにくい!あんた、ちゃんと選んだの?」
キッチンでは鈴が肉じゃがを作るためにジャガイモの皮を包丁で剥いているのだが、よく見れば実の部分も一緒に切り落としていた。
「失敬な奴め、ジャガイモ選びなら我が隊の中でも断トツだったぞ」
鈴の批判をものともしないラウラは自前のナイフで大根の桂剥きを黙々とやっていた。
「ラウラ、そんなのどこで覚えたの?」
鶏肉に下味をつけていたシャルロットが話しかける。
「見よう見まねだ。ソラと料理番組を見ていてコックがやっていたのを真似してみた」
桂剥きを見たシャルロットはラウラの器用さに感心すると同時に疑問を抱く。
「ところでラウラは何を作っているの?」
「おでんだ」
「「は…………?」」
予想外のメニューでシャルロットと鈴は思わずハモる。
「おでんだ」
「二回言わなくていいわよ!」
「ラウラ、あれは冬の料理なんだよ?」
「知っている。だが、夏に食べてはいけないという決まりは無い」
「「それは、そうだけど……」」
何故?どうして?と二人ともラウラの考えに困惑した。
「――痛ッ!」
コンロの側ではセシリアが慣れない手つきで牛肉を切っていた。
「本当に大丈夫なのか?今ので何回指を切っているのだ」
セシリアの隣、カレイの煮付けを作っている箒が心配そうに声をかける。
「大丈夫ですわ。このくらいの事で諦めては……」
前回の失態を挽回する事も出来ぬまま、失態に失態を重ねてしまう。
(そんな事、わたくしのプライドが許せませんわ!)
そう意気込み料理本と見つめながら作業するが、彼女の手には無数の切り傷があった。
「おい、セシリア――「手出し無用ですわ、箒さん!」――はぁ、分かっている。だが、これを使え」
そんな状態に見かねた箒はセシリアへ絆創膏を渡した。
「手出しなどしない…………が、味見くらいはしてやる」
他人の事を心配する暇など無い筈だが箒はセシリアへ手を貸した。
入学した時から何かと一夏を巡っては衝突を繰り返していた二人だが仲はそんなに悪くない。
「さぁ、セシリア。サッサと作ってしまおう」
「あ、ありがとうございますわ。箒さん」
料理の経験がある箒は自分の調理をしながら、セシリアにアドバイスをする。
セシリアも箒の話に耳を傾けながらも自分の力で調理を続けた。
「ねぇ〜、かんちゃん〜」
「本音、話しかけないで……今、集中しているから……」
菜箸を使い、卵が途中で切れないよう慎重に裏返す。
そして、反対の面も焼く。
冷やし中華に使う錦糸卵を作っている簪は無事に裏返せた事にホッと息をついた。
「かんちゃん、お湯が沸いたよ〜。麺茹でていい〜?」
「うん、お願い……でも、茹で時間に気を付けて……」
「はいはい〜、おまかせあれ〜」
「やっと手伝えた〜」と、楽しそうに鍋に麺を投入する本音に、しっかりと注意を呼び掛ける簪。
全員のメニューの中で最も主食なメニューの為、二人協力して調理を続ける。