IS 〜天使の翼〜2
□第44話
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「え〜っと、こっちで合っているよね……?」
携帯のナビと周りの建物に何度も視線を往復しながらシャルロットは歩いていた。
(遊びに行くなんて言ってないけど家に居るよね……)
ナビ上ではこの道の先を曲がった所に目的地が映され、一歩一歩、歩く度に不安が過る。
(――よし、こういう時は電話してみよう)
道路に出来た日陰に入ると、これから会いに行く人物へ電話をかける。
プルルー……プルルー……プル――ガチャッ。
「あっ!もしもし、ソ――「こちらは○○電話サービスセンターです。お掛けになった電話番号は只今でることが出来ません――」……はぁ、出かけたりしてないよね?」
電話を切るとさっきよりも不安が立ち込める。
(大丈夫、大丈夫……。ここまで来たんだから行かないと。ソラは家に居るし、迷惑がったりしない――と、思う)
目的地まですぐ側まで来ているというのに下を向いたまま歩いてるせいか、その足並みは少し遅い。
(ああ、もう着いちゃうけど居る……よね?)
道を曲がり、目的地を改めて確認する為に頭を上げると――
「……えっ!?」
「こちらの道でいいのかしら?」
こちらも携帯片手にナビと自分の周りを何度も確認しながら、目的地へと向かうセシリア。
(ご自宅まで訪れれば、さすがの箒さんや鈴さんも居ませんから一安心ですわね)
他人より優位な状況を取れたと、セシリアは心の中でガッツポーズをする。
(――いや、落ち着きなさい、セシリア・オルコット。考えが甘いですわよ!ご自宅と言うことはソラさんも居るということになりますわね……)
片足に不自由を持っている彼女だけが買い物に出る可能性はきっと低い。
むしろ、一夏も一緒についていく事の方が安易に予想出来る。
(――となると家の中でも二人の関係はかなり濃密……かもしれませんわね)
セシリアの脳裏に『同棲』という言葉が過る。
(いやいや、ありえませんわ!お二人の関係がそこまで進んでいるなんて絶対ありえませんわ!)
そうこう頭の中で論議が繰り広げられている中、目的地へと着実に近づいていた。
「あっ……この家で間違い無いですわね」
ナビが目的地の前に着くと本人も確認の為に視線を移す。
「……ふぇっ!?」
「――セシリア!?」
「――シャルロットさん!?」
織斑と書かれた表札の前で二人は遭遇する。
お互い「何故?」と疑問が浮かぶがそんなの知れたこと。
「もしかしてセシリアも遊びに……?」
「ええ、まぁ……その様子だとシャルロットも……?」
夏の炎天下にわざわざ遊びに来たというのにまさかの出鼻をくじかれた。
(はぁ、考える事はセシリアも一緒か……。そりゃあ、そうだよね。ここは一夏の家だから仕方が無いか……)
(まさかシャルロットさんが居るとは……予想外でしたわ。このままでは一夏さんと二人っきりになるのは無理そうですね……)
想いの人と少しでも進展させるために意気込んで来たというのに何もしないまま終わり、二人のモチベーションはダダ下がりだった。
(まてよ、セシリアが望むのは一夏と二人っきりの状況……)
(そうなると、シャルロットさんが求めるシュチュエーションはソラさんと二人っきり……)
「セシリア!」
「シャルロットさん!」
二人はガシっと手を握り、共同戦線を張る。
congratulation!とお互いを讃えて、インターホンを押した。
「二人共、暑い中大変だったな。まぁ、ゆっくりしてくれ」
「は、はい」
「お、お邪魔します」
二人はやや緊張気味な様子で家に上がり、リビングのソファーに座る。
「あれ?一夏、ソラはどこ?」
シャルロットがキョロキョロと周りや隣のキッチンを見るがソラは居ない。
「ああ、ソラは自分の部屋だな。ちょっと待っててくれ、今飲み物出してくるから」
一夏はそう言うとキッチンの奥へ行くがシャルロットはチラチラと何度も廊下へ視線を向けていた。
「あ、一夏さん。わたくし、来る途中で話題のケーキを買ってきましたの」
「おお、ありがとな。じゃあ、アイスティーでお茶会にするか」
「わたくしもお手伝いしますわ。シャルロットさんはソラさんを呼んできてくれませんか?」
「うん、良いよ。一夏、ソラの部屋はどこ?」
「シャルも悪いな。階段を上ってすぐ右の部屋だ。降りる時は手を貸してやってくれ」
「分かった!」と、喜んで返事をすると引き続きセシリアへ「ナイス!」と親指を立ててからリビングを出た。
「階段を上ってすぐ右の部屋――ここだね」
扉の前には『ソラのへや』と書かれた看板があり、一目で部屋を見つけた。
コンコン
「ソラ、一夏がお茶にしようだって」
「…………」
シャルロットは扉越しでも聞こえるように呼ぶが反応が無い。
(そういえば電話しても出なかったから、ひょっとして寝ている?)
コンコン
「ソラ、入るよ?」
シャルロットはドアノブを捻り、扉を開けた。
(あ〜、これは……寝ているね)
部屋の中はカーテンが閉めてあり、照明も着いて無いため薄暗く、冷房の風の音だけがよく聞こえる。
(それにしても……物が少ないね)
シャルロットは薄暗い部屋の中を順番に見回すがベッドにテーブル、箪笥と家具その物も少なく。
私物もテーブルの上に数冊料理の本とパソコンが一台。
殺風景で生活感が乏しい部屋は照明が着いて無いため、その場を一層寂しく思わせた。
「ソラ、起きて」
ベッドに出来てる膨らみを揺らしながら声をかける。
「……ぅ、なぁに……いち……か、君?」
目を擦りながら身体を起こすソラはとても眠そうだった。
「あれぇ……シャルちゃん?私、家に帰ったはずだけど?」
「おはよう、ソラ。遊びに来ちゃた。下にもセシリアが来ているから一夏がお茶にしようだって」
「ん〜、分かった……」
モゾモゾとゆっくりベッドを出るソラだが立ち上がると同時にシャルロットが声を上げた。
「――ちょっと、ソラ!?な、なんて格好しているの!?」
大きめのワイシャツは上のボタンが数個外れていて谷間がよく見え、下はワイシャツの端から下着がチラチラと見える。
最近ようやくパジャマを着てくれる同室の友人も以前までは全裸だった為ある程度抵抗が出来ていたが目の前の彼女は基本がスタイルが良い為、同性なのに思わず喉鼓が鳴った。
「と、とにかく!ちゃんと服を着て寝てよね!」
「はいはい、分かったよ〜」
シャルロットに言われてソラは仕方無さそうに服を着替える。
(はぁ、夏休みだからってだらけ過ぎだよ。もし、僕が一夏の立場でこの場に居たら襲ってたかも知れないのに……)
本人以上に本人の貞操を心配するのも無理は無い。
十代男女が一つ屋根の下で暮らしている為、シャルロットの心労は溜まる一方だった。
「服、着替えたよ〜」
まだ眠たいのか普段よりおっとりしていて動きも鈍いソラを連れて部屋を出る。
「階段で手を貸してくれって言われたんだけど、どうすればいい?」
シャルロットはソラに聞くとしゃがむ様に催促されたのでそれに從う。
そして、ソラはシャルロットの背中に自分の身体を預けた。
「シャルちゃん、重かったらごめんね」
「ううん、大丈夫だよ」
少しでも好きな人の力になりたいと願っていたシャルロットは嬉しそうに微笑みながら階段を降りる。
「あ、セシリアちゃん。おはよう〜」
「おはようございます、ソラさん。――って、今は午後ですわよ?」
「まだ眠そうだな?何時に寝たんだ?」
「ん〜、覚えてない〜」
全員リビングのソファーに座るとセシリアはケーキの入った箱を開ける。
「さあ、みなさん。好きなケーキを選んで下さいな」
「わぁ〜、美味しそう!」
ショートケーキ、チョコケーキ、チーズケーキ、フレッシュタルトと四種類ある。
「じゃあ、僕はチーズケーキを――」
「ぁ……」
「俺はチョコケーキで――」
「ぁぁ……」
「では、わたくしはタルトを……」
「ぁぁぁ……」
「「「…………」」」
ソラの悲痛な声を聞き、三人の手が止まる。
「ソラは何が食べたい?僕のと交換する?」
「お、俺のとでもいいぞ?」
「わたくしもいいですわよ?」
「う〜ん……ショートケーキも良いし、チョコもチーズもタルトも……」
ソラはテーブルの上にある四種類のケーキ(タルトも)をじっと見つめるが中々選べずにいた。
「やれやれ……それじゃあ、ちょっとずつ交換しようぜ。みんなもどうせなら4つとも食べれたいだろ?」
一夏の提案に四人は賛成して、それぞれ手にしたケーキを一口食べた。
「んん〜、美味しい!」
「わ、チーズが濃厚!」
「甘さが控えめのチョコで食べやすいな!」
「ふふっ。皆さんに喜んでもらうと買ってきた甲斐がありますわ」
セシリアは三人の笑顔を見て嬉しそうに微笑む。
「ほら、ソラ。あーん」
「あーん……」
一夏はケーキを載せたフォークを隣に座っているソラの口へと運んだ。
「どうだ?」
「んん〜、美味しい。――はい、一夏君。あーん」
お返しとばかりにソラもケーキを一夏の口へと運ぶ。
「あ、あーん……」
「どう美味しい?」
「お、おう……美味いな(やべぇ、超可愛い……)」
一夏は顔に出ないように意識するが、頬がほんのりと赤く染まる。
(こ、この状況は……)
(些かマズイですわね……)
一夏とソラが食べさせ合っているのを見ていて、恋路の危機を覚えた二人はすぐさま行動した。
「ソラ、僕のも食べてよ!はい、あーん」
「一夏さんもわたくしのを召し上がって下さい!さあ、あーん」
ケーキ片手に席を立ち、想い人の隣へ移動するとケーキを載せたフォークを差し出す。
「んん〜、これも美味しい」
「おっ、タルトも美味いな」
ふぅ、と二人は一夏とソラの注意を引くことが出来て安堵する。
そして、気付けば二人の目の前にはそれぞれの想い人がケーキを載せたフォークを差し出していた。
「はい、シャルちゃん。お返しだよ、あーん」
「ほら、セシリア。あーん」
「あ、あーん……お、美味しいね。僕これ好きだなぁ♪」
「あ、むぅ……お、美味しいですわ。わたくしも好きですわ♪」
セシリアとシャルロットは恥ずかしさもあったがそれ以上に嬉しくて、ニコニコとした笑顔はお茶の時間が終わるまで絶えなかった。