IS 〜天使の翼〜2
□第43話
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「へ〜、バイトの人が突然辞めちゃったんですか」
「そうなのよ。しかもそんなときに限って本社からの視察があるから店長なんて朝から発狂してたのよ」
ソラは先輩と話しながらレジ打ちを教えてもらっていた。
左手で杖を使っている以上、一人でフロアの仕事が出来ない為、与えられた仕事はレジ打ちだった。
レジの位置は出入口のすぐ隣で壁は一面ガラス張り。
通りからもレジの姿を見ることが出来る為、メイド姿のソラを見てお店に入る客も多くいた。
「シャルロットさん、4番テーブルで指名よ!」
「ラウラさん、13番テーブルでご指名です!」
店内では指名が飛び交い、人気のメイドと執事の二人が仕事に追われていた。
もちろん、ソラも仕事をしてるが二人と比べれば楽な仕事だった。
ある一点、問題を除けばだが――
「お帰りなさいませ、ご主人さま」
メイド喫茶(+執事)では来店したお客への第一声はこれと決まっている。
基本的に出入り口に近い者が言う事になっている為、必然的に隣でレジをしているソラが言っている。
「あの、レジの子を指名したいんですが……」
来店したほぼ9割のお客(男女共に)がソラを指名するのだ。
「申し訳ございません。彼女はフロアの担当では無いのでご指名は出来ません」
今日だけで何度目だろう?とお客へ謝罪する店長。
内心ここまで集客力があるならいっそ、正規で雇おうかと思ってたのは内緒だ。
女性客を虜にするシャルロット、男性客から罵ってとリクエストの絶えないラウラ。
お店に訪れるお客は軒並み増えてくばかりで店内のメイドと執事の仕事一層激務になる。
そんな混雑が二時間ほど続くと、さすがの代表候補生の二人も馴れない接客業で精神的に疲れが見え始めた。
――そんな時、事件は起こった。
「お帰りなさいませ、ご――「悪いな、客じゃねえんだ」えっ……!?」
今日だけで何度も言っている挨拶だが最後で言うことはなく、ソラは仰天のあまり言葉を失った。
「全員動くんじゃねえ!動いたらコイツの頭を吹っ飛ばすぞ!!」
覆面を被り素顔を隠した男達三人は怒号を発する。
三人は大きめのリュックをそれぞれ担いでいて隙間から紙幣の束が見える。
そして手には銃が握られており、ソラの頭へと向けられていた。
「「「キャアァァァッ!?」」」
突然の事態が起きて店内は一瞬にして大パニック。
「うるせーぞ!黙れ!!」
犯人達は銃を天井へ向けて発砲。
店内に銃声が響き、シーンと静寂に包まれた。
「大人しくしてな!俺達の言う事を聞けば殺しはしねぇよ。わかったか?」
犯人のリーダーと思われる人物が悲鳴をあげていた女性客達に言い聞かせる。
「――兄貴。ちょっと、まずいです。警察の奴ら特殊部隊まで出してきましたよ」
「とっ、特殊部隊!?どうするんですか、兄貴!」
「うろたえるんじゃねえ!こっちには人質が居るんだ。あいつ等だって強引な真似はできねぇよ」
確かに店の外には騒ぎを聞き付けた警察が部隊を展開していたが、状況が状況なだけに突入ができない状態だった。
(さてと、ラウラ。これからどうする?)
シャルロットとラウラは目立たないようにしゃがみつつ犯人達を観察してた。
(ショットガンが一人、マシンガンが一人、そしてリーダーがハンドガン。他にも何かありそうだけど、見える範囲だとこんな感じだね)
(犯人達の戦闘レベルは高く無いな。武器を持っているがせいぜい素人に毛が生えた程度だ)
((ただ一つ問題なのは――))
二人の目線の先にはリーダーの隣に座るソラ。
「おい、嬢ちゃん。ここは喫茶だろ?何か飲み物は無いか?」
「あ、はい。それじゃあ、メニューを見て下さい」
「おい。お前らも見て決めろ」
リーダーがメニューを受け取ると仲間の二人も呼び、メニューを見る。
すると油断したのか三人はテーブルに武器を置いた。
(――ラウラ!)
(――シャルロット!)
テーブルに隠れていた二人は油断している犯人達の隙を見逃さなかった。
二人は別々の方向から犯人達へ近づいていく。
「あ?おい、大人しくしてろって――」
「ふん!」
犯人達の一人が近づいてくるラウラに気付くがもう遅い。
ラウラが思いっきり蹴りあげたのは男の人体急所でもある二つの玉。
「――痛ィィィーーッッ!」
金的を喰らった一人は床にしゃがみ込んで悶絶する。
そして、追い打ちとばかりに喫茶店で使っていたステンレスのおぼんで殴った。
「このガキ、やりやがったな!」
「さっさと片付けちまえ!」
一人がやられると他の二人は武器を取り、遠慮なく撃ち始めた。
火薬の炸裂音と硝煙の匂いが店内を包み込むが、ラウラには届かない。
テーブルや柱など物陰に素早く移動して犯人にムダ弾を撃たせているのだ。
「クソッ!ちょまかと動きやがって……」
ショットガンを撃っていた一人が弾切れでリロードをした時、シャルロットは近づく。
銃身を蹴り上げて武器が宙を舞うと、すかさず腹部へ回し蹴りをする。
「なっ!?テメェ、よくも――」
仲間をやられ最後に残ったリーダーが怒号を飛ばしなが銃を向けてくるがシャルロットは遠慮しない。
宙を舞っていたショットガンの銃身を掴み取り、振り下ろす。
「――か、肩がああっ!」
銃の柄の部分が肩に当たると、ゴキッという嫌な音がする。
リーダーの腕はぶらーんと下に垂れて、武器は二人に回収された。
「ラウラ、終わったよ」
「ああ、制圧完了だ」
二人は一件落着と服についた埃を手で払う。
「私達、助かったの……?」
「は、犯人達は……?」
床に伏せていたお客や従業員達は「一体何が……」と状況が把握できていなく、床に倒れている犯人達を何度も見直していた。
「さて、私達は逃げるとするか」
「そ、そうだよっ!僕達は公になるのは避けないと!」
「それじゃあ、裏口から帰ろうか」
三人が帰る手はずを話し、その場から離れようとした時、事態は一変した。
「――クソッ!ガキ共が調子に乗ってんじゃねぇよ!」
リーダーが激昂しながら復活して一番側に居たソラを捕まえる。
「もう、容赦しねぇ……全員まとめて道連れだ!」
リーダーは床に置いといた鞄を掴むと中身を開いて全員へ見せつける。
ボトボトとたくさんの札束が床に落ち、最後に現れたのは――
「ばっ、爆弾!?」
フロアを吹き飛ばすには十分な威力と量がそこにはあり、それを見た人達は先程と同様にパニックを起こす。
ラウラとシャルロットは犯人からソラを助けるため回収した銃をリーダーへ向ける。
「――おっと!銃を捨てろ。お友達が怪我するぜ!」
リーダーは懐に隠し持っていたナイフをソラの首元に当て、二人を牽制する。
「ラウラ……」
「ああ、分かっている……」
思いの人が人質になり、犯人は興奮した状況。
下手な行動をすればソラの命が危ういのだ。
二人は渋々犯人に従い、銃を捨てた。
「はぁ、手荒な事はしたくなかったのに……」
「あん?何か言ったか?」
人質にされたのにソラは動揺した様子では無く、むしろ「やれやれ……」と仕方無さそうに犯人へ話しかけた。
「ねぇ、おじさん。私達を開放して。もう、終わりにしよう?」
「ふん、無理だな。お前等には何の恨み辛みも無いが道連れにしてやるよ」
犯人を説得しようとしたが逆に自爆への決心をつけてしまった。
「そう、なら――――ごめんなさい」
「えっ……!?」
ソラの言葉を聞いた犯人は聞き返そうとするが、すぐに意味が分かった。
身体中にビリビリと電気が走り、筋肉は強制的に収縮させられる。
犯人は意思に関係なく体の自由が利かなくなり、後ろのソファーへ力無く倒れた。
「今……何が起きた?」
「さあ……?僕にも分からない」
ラウラとシャルロットも突然倒れた犯人の姿に疑問を持った。
「ソラ、一体何をしたの?」
シャルロットがソラへ聞くと手に持っていた杖を二人へ見せた。
「この杖には少し細工があってね、先端に電極が埋め込まれているんだ。それで電源を入れると……」
柄の部分の隠しスイッチを押すと杖の先に放電が起こり、閃光と共にバチバチと音がした。
「それでさっきはこれを犯人に当てて気絶させたんだ」
ソラの説明を受けると二人はほっと安堵の胸をなでおろす。
「さあ、帰ろう」
これ以上、面倒事に巻き込まれたくないので三人は店の裏から逃げようとする。
「あ、首から血が……」
「えっ……?」
店から出るため更衣室で着替えているとシャルロットはソラの首から血が流れている事に気付く。
「さっき、少し切ったのかな?」
傷はナイフを当てられていた場所とほぼ同じだった。
更衣室にある鏡を見ると、血の流れは鈍くなっているがメイド服につきそうなほど垂れている。
「傷は……深くないね。お店から絆創膏貰ってくるからちょっと待ってて」
「私もタオルを貰ってくる」
二人は更衣室を出てお店の方へ戻っていくと必然的に更衣室にはソラだけとなる。
「…………」
ソラは鏡の前に立つと右手で傷口を触り、流れている血を拭う。
指先にはべったりと自身の血が付いていて、それを口元へと運んだ。
「うふふ……美味しい」
ペロッと血を舐めると鉄の味が口の中に広がり、妖艶な笑みが浮かぶ。
その時の彼女を見た者は居らず、更衣室の鏡に映し出されたもう一人の自分がどこが悲しそうな眼差しで本人を見返していた。