IS 〜天使の翼〜2
□第39話
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「では、滞在目的は?」
「観光です」
「はい、分かりました。パリへようこそ」
審査官からパスポートを受け取り、入国手続きを済ませる。
ゲートを通り、ロビーに出ると周りを見回して連れ人を探す。
「ごめん、ごめん。中々、荷物が見つからなくて……」
シャルロットは慌てた様子で荷物を持ちながらゲートを出てきた。
「慌てなくても大丈夫だよ」
「あはは。それじゃあ、行こうか。外に車が用意されてるはずだよ」
大勢の観光客が居るロビーを抜け、ソラとシャルロットは外に出る。
「うわっ、日差しが強い……」
「日焼け止めのクリームはしっかり塗っといたほうがいいよ」
夏の強い日差しが特徴のフランスは高温多湿の日本とは違い、日差しが強いものの気温は20度前後で湿度も極めて低いので暑くても清々しいので大変過ごしやすい気候だった。
「シャルロット・デュノアさんと星神ソラさんですね?」
「あ、はい。そうです」
一台の車が二人の前に止まると運転手が降りて、後部席のドアを開ける。
「これから会社へ向かいます。お荷物が有りましたらお渡し下さい」
「それじゃあ、お願いします」
シャルロットからキャリーバッグを受け取り、車のトランクに片付ける。
車内から見えるパリの街並みを楽しみながら移動した。
さて、何故二人がパリに居るかというと、遡ること数日前。
「ソラ、ちょっといいかな?話があるんだけど」
7月の終わり頃、シャルロットはソラの部屋に訪れてきた。
「あれ、まだ帰ってなかったの?」
ソラはシャルロットがまだ日本に居ることに疑問を感じた。
夏休みに入り、国家代表候補生のセシリア達はすでに自分の国に帰っていったがシャルロットはまだ残っていたのだ。
「うん、実はその事でね」
冷蔵庫からジュースを出して部屋のテーブルに向かい合わせに座り、シャルロットの話を聞く。
「え〜と、その――――僕と一緒にフランスに来てくれないかな?」
「えっ?フランスに?」
いきなりの事にソラは驚く。
「うん。正式発表はまだ、だけど第三世代機が完成したんだ。それでね、お父さんがソラにお礼をしたいって言ってね。フランス観光を薦めてきたんだけど……どうかな?」
「うん、いいよ。私も完成した機体を見てみたいし」
「ほんとっ!」
遠慮しがちに聞いてきたシャルロットだが、ソラの答えを聞くと心の中でガッツポーズをした。
「よし。それじゃあ、すぐに行こう!これ、飛行機のチケットね。パスポートは持ってるよね?あ、織斑先生には説明してあるから大丈夫だよ」
「えっ!?ちょっ――」
「さあさあ、早く早く。出発するよ!」
シャルロットはソラの手を引き、部屋から出る。
扉の傍には一つのキャリーバッグが置いてあった。
(シャルちゃん、準備してたのね……)
こうして、半ば強引にフランスへ連れてかれたのである。
車で移動すること数十分。
パリ近郊にあるデュノア社にソラ達は着いた。
「やあ、よく来てくれたね。また、会うことができて嬉しいよ」
会社のロビーには社長のエリックがソラ達を待っていた。
「そして、シャルロット。おかえり」
ソラと握手をしたエリックはシャルロットを抱きしめる。
「お、お父さん!恥ずかしいよ、ソラも見てるし///」
「おっと、すまない。では――ようこそ、我がデュノア社へ」
三人は会社の隣にあるIS工場を歩いていく。
ガラス張りの通路からは工場内を見ることができる。
ベルトコンベアで運ばれながら、流れ作業で手際よく部品を組み立てていく。
流れていく方向に目を向けると、そこにはデフォルトカラーのラファールリヴァイヴが数十機立っていた。
「まだまだ、ラファールリヴァイヴは人気ですね」
「まあね。自国で作ることの出来ない国ではまだまだ買い手が居るしね。それに性能も汎用性も大切だが、そう言う国では操縦の簡易性も求められているからね。さてと――着いたよ」
エリックの話を聞きながら歩いていると、目的の部屋に着いた。
「ここは……?」
足元のスポットライトを頼りに周囲を見回すが部屋の照明が消えているため、奥までよく見えない。
「――さあ、ご覧あれ!デュノア社、第三世代IS『ラファール・ドラグーン(疾風の竜騎士)』だ!」
照明が一斉につき、部屋の中央を照らす。
そこには、橙を基準カラーとした機体が佇んでいた。
「背部のユニットが大きい……」
「スラスターの位置を背中へ移動したのさ。両翼の中には大型スラスターが一機ずつ、補助スラスターが四機ずつ入っていて出力だけなら標準仕様のラファール・リヴァイヴの倍以上となっている」
「疾風(ラファール)の名をしっかりと引き継いでいますね」
「君のおかげだよ。さて、シャルロット。カスタムUを」
「はい、お願いします」
シャルロットは待機状態の自分のISをエリックに渡した。
「では、コアはそのままで機体のみ変更させるね。動作訓練は明日から始めるから今日はもういいよ。観光するなら車を出しとくし、気を付けて行くように。ただし、夕食までには帰ってくるようにミレーユが腕を振るって待ってるからね」
「分かったよ、お父さん。それじゃあ、行こう!」
シャルロットとソラは手を繋ぎながら来た通路を戻っていく。
そんな二人の後ろ姿をエリックはじっと見つめていた。
「あれ、社長?お疲れ様です」
「ああ、主任。お疲れ……」
主任と呼ばれた人物がエリックに声をかけるが元気の無い事に疑問を感じた。
「社長?どうかしましたか?」
「主任。君はあの二人の関係をどう思う……?」
「あの二人?ああ、シャルロットちゃんと星神ソラちゃんでしたっけ?」
エリックの視線の先に気付き、通路を歩くシャルロット達を見る。
「仲良さそうですね。シャルロットちゃんも嬉しそうにしてますし、いい感じだと思いますよ?」
「まあ、な……。だが時折、娘がまるで想いの人を見つめるかのような視線でソラ君の事を見ているのさ。私はそれが気掛かりなのだよ」
「まあ、シャルロットちゃんも年頃の娘ですもんね。好きな人がいても不思議じゃないですよ。ここは一つの様子を見たらいいんじゃないですか?」
「うぐっ、それは……そうだが……!」
エリックは主任に言い諭されるが中々、引き下がろうとしなかった。
「はいはい。なんでも良いのでカスタムUを貸して下さい。仕事が進みません」
「なんだと!君はシャルロットよりも仕事の方が大切なのか!?」
エリックが主任を問い詰めていて、周りのスタッフ達は同じ事を思っていた。
(主任、可哀想に。そして社長、親バカだな……)
なお、仕事が再開したのは一時間後だったらしい。
シャルロットとソラは車に乗るとパリへ向かった。
「ソラ、何が見たい?どこでも案内するよ」
「ん〜、あれ。エッフェル塔に行きたい」
ソラは車の窓から見える鉄の貴婦人を指さした。
「それじゃあ、エッフェル塔の近くで降ろしてもらおうか」
道路の端に車が止まり、降りる用意をする。
「シャルロットさん、万が一の為にこれを」
運転手の人がアタッシュケースを渡し、シャルロットは中身を確認する。
中には拳銃が入っていて、手馴れた様子でマガジンを装填する。
「シャルちゃん、それって……」
「うん、本物だよ。触ってみる?」
シャルロットは安全装置をかけるとソラに渡そうとする。
「いや、いいよ……。なんで拳銃が必要なの?」
「ISを会社に置いてきたからね。自分の身を守るのも代表候補生に与えられた責務の一つだからね。でも、事件に巻き込まれることは滅多に無いから安心して」
「うん……」
二人は車から降りて、エッフェル塔の展望台へと向かった。
「わぁ〜!すごい、景色だね!」
展望台からは凱旋門、ノートルダム大聖堂、ブローニュの森、パリ副都心のラ・デファンス、モンパルナスタワー、モンマルトルの丘のサクレクールなどが見える。
パリの街並みを一望出来るこの景色にソラは喜んでいた。
「エッフェル塔はパリ市内では一番高い建物だから整備された景観は綺麗だよね。次は通りに行こうか」
塔から降りて、今度は徒歩で市内を散策する。
「賑わっている通りだね」
「パリでもっとも華やかな通りって呼ばれているからね。観光客がよく訪れるんだよ。――あ、そうだ!はい、ソラ」
シャルロットはソラに手を差し出す。
「迷子にならないように手を繋ごう」
「うん。それじゃあ、お願いね」
ソラは差し出された手を握り、歩き出した。
(やった……。遂に、やったよ!念願の初デート!誰も邪魔する人が居ない、僕とソラだけの!)
脳内に居るとされる小さなシャルロット達は万歳三唱をして喜び合う。
そして、それは本人にも影響してシャルロットの表情は非常に緩んでいた。
「ねぇ――」
(えへへっ///。観光、ショッピング、グルメ、エンターテイメント……どこに行こうかな?)
「――ねぇってば。シャルちゃん!」
「へっ?な、なにっ!?」
自分の世界に入っていたシャルロットにソラは呼びかけられて現実に戻ってくる。
「あのお店入ろうって言ってるのに全然反応してくれないんだもん」
通りに面した大きなアクセサリー店を指さし、ソラはシャルロットに怒る。
しかし、手を繋ぎながら頬を膨らませているソラの姿は機嫌を損ねた妹にも見える。
「ゴメン、ゴメン。ちょっと、考え事してたんだ。何か気に入ったのあった?」
お店に入り、さまざまなアクセサリーを眺める。
「僕が払うからソラは好きなの選んでいいよ」
「いや、いいよ。シャルちゃんに悪いし、私もカードがあるから大丈夫だよ」
「良いから、良いから。ソラにプレゼントしたいんだ。これなんかどう?」
ソラは遠慮するがシャルロットは上機嫌な様子でアクセサリーを薦めてくる。
そんな様子のシャルロットに少し困っていたソラはある事を思い付く。
「――そうだ!シャルちゃん、お互いにプレゼントしようよ。旅の思い出にもなるし、どうかな?」
(お互いにプレゼント……デートの思い出になる!!)
ソラの提案を脳内変換で訳すとシャルロットはすぐに行動した。
「うんうん、良いよ。ソラに似合うの見つけてくるね!」
そう言って、シャルロットはアクセサリーを選びながらお店の奥へと進んで行った。
「やれやれ。それじゃあ、私も探そう」
数十分経ち、二人は別々に会計を済ませるとお店を出る。
「ソラは何買ったの?早くプレゼントを交換しようよ!」
シャルロットは子供のように目を輝かせながら聞いてくる。
「まだ駄目。それより、ちょっと疲れちゃた。どこかで休憩しよう?プレゼントはその時ね」
「それじゃあ、カフェに行こうか。マカロンが美味しいお店を知っているんだ」
シャルロットに手を引かれながら案内されたのは、通りから少し入ったところにあるこじんまりとしたカフェ。
「ソラは何か食べたいのある?好きなの頼んでいいよ」
「ん〜。シャルちゃんに任せるよ」
「うん、分かった。すみません、これと――」
シャルロットは定員を呼び、注文をした。
「お菓子が出来上がるまでにプレゼントを交換しよっか?」
「うん、いいね。同時に開けようよ」
二人は袋の中からプレゼントを取り出し、お互いに渡す。
「それじゃあ……」
「うん……」
「「せーのっ!」」
二人は同時にプレゼントが入ったケース開ける。
「わぁ〜!可愛い、ペンダントありがとう!」
シャルロットがソラにプレゼントしたのは鳥の羽根がデザインされた銀細工のペンダント。
「ソラこそありがとう。大切にするね!」
ソラがシャルロットにプレゼントしたのは細かい装飾が施されている白銀のブレスレット。
二人は貰ったプレゼントを眺めながら、お菓子が来るのを待った。
「ソラ、どう?このお店のマカロン美味しいでしょ?」
シャルロットが聞くとソラは目を輝かせながらコクコクと頷く。
そして、お菓子を食べるごとにその表情は緩んでいく。
「ほらほら、クリームが口のまわりについてるよ」
シャルロットはナプキンでクリームを拭き取る。
その姿は面倒見の良い姉のように見える。
「うっ///。あ、ありがとう」
「ふふっ、いいよ。さてと、次はどこ行く?」
「ん〜?取り敢えず散策の続きかな?案内よろしくね」
「任せといて。さあ、もっとパリを満喫するよ!」
カフェを出るとの再び、手を繋ぎながら二人は歩いていく。
そして、夕陽がパリの街を紅く染めるまで散策は続いた。