IS 〜天使の翼〜2

□第38話
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七月の下旬
臨海学校以来、1年寮の1040室には一人の生徒が毎朝訪れていた。

「ほっしー、起きてる〜?」

ドアを数回ノックすると先生から借りた合鍵で部屋の中に入る。

「おはよう、本音ちゃん」

「おはよう〜」

まだ眠そうで瞼が完全に開いてない本音だが制服に着替えてある。

そして、ソラをベッドから起こすと朝の支度を手伝う。

さて、なぜ普段ソラよりも遅くに起きるはずの本音がソラの事を手伝っているのか?

それは、臨海学校の時に千冬が本音にある頼みをしたのだ。
元々片脚に不自由がある所に今回の事件で負った両腕の怪我、大事には至らなかったものの安静にするよう言われ、本音はお目付役と介護を頼まれたのだ。
そして、本音はそれを快く受けた。

そんなわけでソラは本音の世話を受けているのだが、両腕共に包帯が巻かれているでほとんど何も出来ない。

「ほっしー、ご飯食べに行くよ〜」

右腕を固定されているため制服を羽織り、車椅子に乗り込むと本音が後ろから押して部屋を後にした。






「明日からみなさんは夏休みに入りますが、こういう時期ほど犯罪に巻き込まれることが多いので……」

教壇には山田先生が立ち、夏休みの過ごし方について注意を言っているが生徒達は早くも浮足が立っている。

「――と、言う訳で以上の事に気をつけて過ごして下さい。いいですか?」

「「「「は〜い!」」」」

生徒達は元気よく返事をする。
理由は簡単、今日の授業はこのホームルームしかないのだ。
山田先生は明日からと言ったが実際にはこのホームルームが終わると夏休みなので、みんな朝から夏休みの計画を考えていた。

「さて、諸君――」

山田先生から担任の千冬に代わるとざわついていた教室が一気に静まる。

「明日からは夏休みだ。授業も訓練も無く、一日中遊び呆けるのも構わん。――だが、それが出来るのは今学期の成績で赤点では無い者だけだ。赤点の者には当然補修を受けてもらうので夏休みは終わるまでお預けになる。なあに、赤点者の補修は私が教鞭をとってやる。理解できるまで教えてやるから安心して受けると良い」

千冬の不敵な笑みと獲物を狩る様な眼差しに何人かの生徒がギクリと反応する。

なお、IS学園では中間テストが無くて期末テストに学期内に習った範囲が全て入る事になっているため、これで赤点だと折角のお休みが補修地獄になってしまう。

「それでは成績表を順番に取りに来い」

名簿順に成績表を受け取り、中身を確認する。
自分の成績に満足する者も居れば、悔しがる者もいるが幸いなことに赤点で悲しむ者は居なかった。

ソラの番になるが移動するのが大変なので千冬が渡しにきた。

「星神。学年一位だ、良く頑張ったな」

「あ、はい。ありがとうございます」

成績表を確認してみると順位の欄に一位と書かれていた。

ちなみに入学試験の筆記で一位だった、セシリアちゃんは二位になり、その次の三位は簪ちゃんだった。

「全員、自分の成績を確認したな?今学期、私のクラスには赤点の者は居なかったが夏休みだからといって怠け過ぎるなよ?――それでは、ホームルームを終了する。解散!」

千冬の号令を聞くと、生徒達は歓声をあげながら教室を出て行った。






お昼を食べようと食堂へ行くといつものメンバーが集まり、テーブルを囲む。

「みんなは夏休みどう過ごすんだ?」

冷やし中華を食べてた一夏が「そういえば……」と、みんなに聞く。

「私はお盆になったら家に帰るな。手伝いをしなければならない」

ざる蕎麦を掴みながら箒は一夏に答える。

「わたくし達、国家代表候補生の場合は報告や機体の再調整等がありますので基本的に本国へ帰国しないといけませんわ。わたくしの場合は家での仕事もあるので一週間は帰って来れませんわね」

冷麺パスタをフォークの先に巻きながらセシリアは丁寧に答える。

「あたしも似たような感じね。両親に会うのは難しいけど、母に顔くらい見せないとね」

デザートの杏仁豆腐をスプーンで掬いながら鈴はセシリアの次に答えた。

「僕もみんなと同じかな?会社から連絡があったし」

トマトサラダを突っつきながらシャルロットは答える。

「ふむ、私も部隊の訓練があるから数日は帰って来れないな」

ジャーマンポテトを頬張りながらラウラは答える。

「私は機体のデータ採取があるから倉持技研に行かないと……」

冷やしうどんを一本ずつ啜りながらが簪は答える。

「私はね〜、ずっとのんびりしてる〜。ほっしーは〜?」

「ん〜。取り敢えずは包帯が取れるまでは学園に居ようかな。家に帰るのはそれからだね」

「そうなんだ〜、じゃあ早く直さないとね〜。はい、あ〜ん」

「…………」

本音はソラが食べやすい様に一口位の大きさに千切ったサンドイッチを差し出す。
曲げる事が出来ない右腕と指先まで包帯が巻かれている左手では食事もままならないので本音が食べさせているのだ。

朝食はお腹が減ってないと言い訳をして野菜ジュースで済ましたが、他の食事も同じ様にする訳にもいかない。

「しっかり栄養取らないと治らないよ?」

「で、でも……」

ソラは本音の善意を拒むが理由は単純なものだった。

「ほら、あ〜ん」

「…………はむっ///」

「「「「きゃああああああ〜〜!!!」」」」
「今日も恥ずかしいそうに食べるソラちゃん!」
「可愛いわっ!愛くるしいわっ!最高よっ!」
「胸がドキドキしてきた……!」
「本音ちゃん。今日もGJ!」

ソラ達のテーブルの周りに居る大勢の生徒達が一斉に騒ぎ始める。
ある者は母性本能を擽られ、遠くから切なそうにソラを見つめる。
その隣の者は高ぶる鼓動を抑える為に自分の胸に手を当てる。
その隣の変態はハァハァと呼吸を荒ぶらせ、ティッシュで鼻を押さえてる。

時折「フランクフルトも……」や「アイスキャンディーでもいいから……」と言う声が聞こえたがきっと、いや絶対気のせいだろう。

同じテーブルの一夏達も周りの生徒と同様にその表情は幸せそうに緩みきっていた。

(うぅ……早く治って……)

ソラの切なる願いが叶うのはあと数日後だった。






後日、保健室で検査を終えると先生から包帯を取る許可が降りた。

「ほっしー、どうだった〜?」

保健室の前には本音が待っていた。
検査の結果が気になるのだろう。

「異常無しだって」

ソラは腕を動かして「大丈夫だよ」と言うが本音は腕を掴み、変色や腫れがないか念入りに調べている。

「うん、大丈夫だね〜。よかった〜」

本音は一安心をしてホッと吐息をもらす。

「手を貸してくれてありがとう、本音ちゃん」

「てひひ、どういたしまして〜」

介護をしてくれた本音に感謝し、二人は保健室を後にした。






場所は変わって、生徒会室。
夏休みに入っているがそんなのは関係なく、部屋の中に大量の書類が溜まっていた。

「あああぁぁ〜、もうっ!全っ然っ終わらないわっ!」

学園最強の少女は今日も書類処理をしているが机の上に積み重なっている書類は一向に減る気配を見せない。
そんな状況に耐えられなくなった楯無は突然立ち上がり、頭を抱えながら声を上げた。 

「一体なんなのっ!?今は夏休みなのよ!夏・休・み!!帰省や帰国する生徒も居れば、寮でのんびりと過ごしてる生徒だって居るのに!なんで!?なんでこんなに書類があるのよっ!?」

「……仕方無いですよ、お嬢様。事務の仕事がこちらに回ってきたんですから」

「えっ!?なんで事務の仕事がこっちに来るの!?」

「え〜、その……実を言いますと今年は夏休みまでの間に何件か事件がありましたよね?その度に政府や国連の委員会から説明の催促が来るようになり、連日徹夜で事務が対応する事になってしまい。学園が夏休みに入ると事務員達が一斉に休暇を取ってしまいました。その結果、事務室はもぬけの殻で仕事がこちらに回ってきたんです」

「はぁ!?職員が一斉に休暇を取った!?臨時の職員は居ないの?」

「はい……突然の事だったらしく、理事長も用意出来なかったそうです」

虚の説明を聞いた楯無は絶望し、机に突っ伏した。

そんな時、「失礼します」とソラと本音と簪の三人が部屋に訪れた。

「えっ……!?」
「わ〜、書類がたくさん……」
「酷すぎる……」

部屋の状況を見るとそれぞれリアクションをする。

「三人共、いらっしゃい!ソラちゃんは怪我治っておめでとう!よし、これは是非祝わないといけないわね!」

楯無はガバッと机から起き上がる。

「えっ、でも……この書類は――「いいのっ!私達は夏休み返上で学園の仕事しているのだから休憩の一つや二つ取ったていいのっ!!そうでしょ?そう思うでしょう?ソラちゃん!?」……は、はい。そうですね……」

ソラの肩を掴み、血走った目で訴えてくる楯無に思わず引き攣るが首を縦に振る。

「さあさあ。みんな、準備して!書類仕事なんて後回し!ソラちゃんの復帰を祝うわよっ!!」

楯無は手を叩き、みんなに号令を掛けた。

「それでは私は、お茶を」
「じゃあ、私はお菓子を……」
「え〜と。私は二人を手伝う〜」

虚、本音、簪の三人が準備をしに生徒会室の隣にあるキッチンに行く。

ソラも「私も手伝いを……」と動くが楯無に止められた。

「祝される者が手伝うのはおかしいでしょ?たまには甘えるべきよ」

「はぁ、それもそうですね」

ソラは部屋にあるソファーに座り、出来上がるのを待つ。
すると、楯無はソラの隣に座り、身体を横に倒した。

「あの〜、楯無さん?何で私は膝枕をしているんですか?」

ソファーに寝転がった楯無の頭はソラの膝の上にあり、気持ち良さそうに寝ている。

「書類ばかり見ててちょっと疲れたのよ〜。あ、そういえば……」

楯無は何かを思い出し、閉じかけていた瞳を開く。

「非公式な情報だけど、先日イギリス軍のIS研究施設が何者かに襲われたそうよ。狙いはきっとBT二号機『サイレント・ゼフィルス』ね。一応、学園に居れば取り敢えずは安全だけど、注意はしといてね」

「はい、分かりました」

「あ〜、それにしても気持ちいいわね。肌も綺麗だし、脚も細くて羨ましいわ〜」

楯無は頬から伝わる肌触りを堪能しながらが片手をソラの内ももに潜ませ、這うように指をスカートの奥へ滑らせてく。

「ちょっ!楯無さん!?や、やめて下さいっ///」

楯無の嫌がらせもとい、セクハラに気付いたソラは慌てて反応するが楯無はニヤリと笑う。

「あらあら、初々しいわね〜。反応が可愛いわよ、ソラちゃん」

「い、いじわるしないで下さいよっ///」

「うふふっ、だ〜めっ!」

嫌がるソラと反応を愉しむ楯無。
そんな二人の傍に準備をしていた三人が近づく。

「何しているのですか?お嬢様」

「えっ、これは……」

「ソラが嫌がっているのに……」

「いや、その……」

「随分と愉しそうでしたね〜」

「うっ……ソラちゃんの反応が可愛過ぎて止まらなくなっちゃた。てへぺろ☆」

「「「…………」」」

無表情の三人は蔑んだ目で楯無を見る。

「あ、あの〜?」

「お嬢様は休憩無しですね」

「へっ……?」

「私達は手伝わないから……」

「ちょっ……!?」

「賛成〜」

「う、嘘でしょっ……!?」

楯無は飛び上がるようにソファーから起き、慌ててソラに両手を合わせる。

「ソラちゃん、ごめんなさい!この通りだから、三人を説得して〜!」

「……もうしないって約束しますか?」

「た、たぶんね……?」

楯無の答えを聞くと、ソラは満足したように微笑む。

「楯無さん、一人で頑張って下さいね」

「うわあああぁぁんっ!本当にごめんなさい〜!!」

夏休みの学園校舎に少女の謝罪が響いた。

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