妄想部屋

□届かない指先〜if〜(沖田√?) そのA
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 しん、と静まり返った部屋の中。



千鶴は一人、正座をして待ち構えていた。



だが、今夜も来るであろうと思われたその人物は未だに現れない。



望まない来訪者なだけに、その事を嬉しくは思えるのだが、その反面千鶴は不安にもなった。



その時、ふと微かな衣擦れの音が耳に入った。



  (…………?。)



千鶴は小さく首をかしげ、そっと明障子を開けてみると。



そこには沖田の背があった。



「沖田…さん……?。」

「ん?。ああ、ごめんね、起こしちゃった……?。」

「い…いえ、気にしないで下さい………。」



振り返る沖田の顔が僅かながらの月光に照らされ白く見える。



元々、寝てもいなかったのだから気にする必要は無いのだと千鶴は思ったが……



それにしても、何故、こんな自分の部屋の前の廊下で沖田座っているのだろうか……?。



千鶴が新選組に関わった当初ならば監視として当然ではあったが、今ではその意味もなさない。



「あの…ここで何を………?。」

「お月見。」



恐る恐る尋ねる千鶴に沖田は再び背を向ける。



「え……?。」

「だから、お月見だって言ってるんだけど?。」

「はぁ………。」



よく見れば、胡坐をかいて座っている沖田の横には徳利が1本置かれ、手には杯を持っている。



確かに一見、月見酒と洒落込んでいるようではあるが、いかんせん新月であってとてもではないがお月見として愉しむには程遠い。



それに何故、この場所なのだろうか?。



なにも千鶴の部屋の前ではなくても、沖田の部屋の前でも他からでも中庭に面したこの廊下からならば見れる筈なのに……。



「……ここがね、一番きれいに見えるんだよ。お月様がね。」

「そう、なんですか……?。」



千鶴の疑問を読んだかのように答えた後に、そうなんですよ、と小さく笑みを漏らしながら沖田が杯をゆっくりと口元へと運ぶ。



何気ないその所作にふとある可能性が頭を過ぎった。



  (ま…さか………)



もし、それならば、納得がいく。



千鶴は心臓の音が大きくなる鼓動する事を自覚しながらも震える声で再び沖田に尋ねた。



「も…しかして、ここ数日………。」

「ん?。邪魔だったかな?。」

「い…いえ、そう言う訳では…………。」



あっさりと認める沖田のその言葉に千鶴の胸は震えた。






 伏見奉行所で不知火に襲撃された後、この釜屋に身を寄せて以来、山南は毎夜千鶴の部屋を訪れては羅刹隊に協力しろと言って来ていた。



最初は優しげに諭すかのように……。



しかし、なかなか千鶴が首を縦に振らない事に対し今では苛立ちを隠そうともせずに、その言葉は次第に脅迫めいた物へと変化していった。



布団に入って寝たフリをしていても関係なく訪れてくる山南に対し、千鶴はいつしか寝る事を諦めては座って待ち構えるようになっていた。



だが、何故かこの数日間、その山南が千鶴の部屋を訪れる事が無かった。



布団も敷かずに望まない山南の来訪を待っていた千鶴はいつしかそのままうたた寝をし、気が付くと空が明るくなっていたのだ。



その事を不思議に思いながらも尋ねる訳にもいかずに千鶴はただここ数日、待ち疲れてはそのままうたた寝をする…と言う毎朝を迎えていたのだった。



  (沖田さんが………)



その理由が、沖田がこの千鶴の部屋の前での『月見酒』だとしたら全て納得がゆく。



山南としては今迄、出来れば秘密裏に千鶴を『説得』しようとして来ていた。



だが、その千鶴の部屋の前で沖田が『お月見』をして居座り続けていたとしたら……。



いくら山南とて、そんな時刻に千鶴の部屋を訪ねる理由も説明も出来ないであろう………。






 沖田は羅刹だ。



だが、銀の銃弾を受け本来ならば療養しなければならない身ではあったが、無理を通してこの釜屋で無事に合流を果たした。



それでも傷の治りは遅く昼間は寝込んでおり、そんな沖田の世話を千鶴は土方に命じられていた。



 甲斐甲斐しく沖田の世話をする千鶴。



だが、それは千鶴にとっても一つの救いであった。



 山南の夜毎の来訪に悩み、原田に相談をしようとしたのだが、伏見奉行所の件以降原田に避けられ続けていた千鶴の心は深く傷つき、やがて全てを諦めた………。



恐らく千鶴が『鬼』だと言う事を原田は本当の意味で解ったのだろう。



 今でも忘れられない……。



 不知火の放った銃弾を受けたその傷口が塞がる瞬間。



 それを見た原田の強張った表情………。



『―――お前は化け物なんだよ、みんな内心ではそう思っているのさ!!』



去り際に吐いた不知火の呪いのような、その言葉は今でも千鶴の胸の底にこびりついたまま遅効性の毒のようにゆるゆると全身を侵し続けている。



その言葉を証明するかのように千鶴を徹底的に避け続ける原田………。



全てを拒絶するような、その大きな背中が今は酷く遠い………。






 身を粉にして沖田の世話をする千鶴。そうする事で何も考えなくて良いように済ませてきた……。



そうやって気を紛らわせていたのだが、いつ沖田は山南との事を知ったのだろうか……?。



 勘の鋭い沖田の事だ。



そんな千鶴の様子や態度等で気付いたのかも知れない。



そして、少なくとも今ここに沖田がいてくれていると言う事で千鶴は酷く救われた気持ちになった。



唯一、心の支えのように頼りにしていた原田に背を向けられた千鶴の心は限界ぎりぎりの孤独感に苛まされていたからだ。



それは羅刹隊にその身を委ねてしまおうかと考えてしまう程に………。



もし、山南が一昨日、いや、昨日にでも来ていたら……。



千鶴は断りきれなかったかも知れない……。



けれど、山南は来なかった。



いや、来れなかったのだ……。



沖田にそこまでの深い意図があったのかどうかは解らない。



 けれど、



 それでも、



 千鶴は嬉しかった。



 ――自分の事をほんの少しでも、気にかけてくれる人がいる………。



そう思うと涙が思わず涙が滲んでしまいそうになった。



 胸の中を覆っていた絶望に似た闇の中に小さな灯りが灯る………。



沖田に気付かれないように顔を逸らしては、そっと滲む涙を拭いた千鶴はそのまま部屋へと戻り、そして薄手の上布団を持ってきた。



それを沖田の肩に静かにかけてやる。



薄手とは言え、それなりの重みがある上布団をかけられ、驚いたような沖田に千鶴はそっと微笑んだ。



「夜は、冷えますから………。」



そして徳利を手に沖田の横に腰を降ろし、空いた杯にそっと差し向けた。



小さく苦笑を漏らしながらも沖田は黙って杯を千鶴の方へと差し出した。



 とくとく………



酒が注がれる音が夜に染みる。



 空には雲一つ無く、満点の夜空を千鶴は見上げた。



その肩にふわり、とした重みと温もりを感じ顔を下ろすと自分の肩に上布団がかけられていた。



丁度、一枚の上布団を沖田と二人で分け合っているように………。



「夜は…冷えるんでしょ……?」

「…………はい。」



 確かに夜は冷える。



 思わず身震いをしてしまいそうな位に……。



けれども、少なくとも今、千鶴の心の中はとても暖かかった………。























原田さんが目を離した隙に、沖田さんが一歩リード(笑)。
 

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