短 編
□星を越えて…
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「千鶴ちゃん、こんな所にいたの?」
「あ、沖田先輩…」
放課後の屋上、千鶴は一人で空を見上げていた。
「明日、七夕ですよね。」
「ああ、…うん。そうだったね。」
沖田にとっては余り興味がないようで、そう言えばそんうだったなぁ…と言わんばかりに、頭を掻いた。
「だから、明日は晴れれば良いなって……」
「無理なんじゃない?」
「えっ?」
「確か、明日の降水確率って75%だったしね。」
「そんなぁ…」
「ああ、そんな顔しないでよ。…」
現時点でも既にどんよりとした曇り空ではあるが、明日は何とかお天気になってくれれば…との千鶴のささやかな思いはあっさりばっさりと断ち切られてしまい…
思わずふにゃりと情けない顔をしてしまう千鶴。
「それに元々、七夕って丁度梅雨の時期だから晴れる方が珍しいと思うけど?」
「うううっ…」
確かに沖田の言う通り。
思い出してみても、確かに七夕の夜は大抵雨が降っていたような気が……
「それにもし例え、晴れたとしても今からじゃ無理だと思うけど?」
「えっ、どうしてですか?」
「織姫と彦星の距離って知ってる?」
「距離…ですか……?」
「うん。」
唐突な質問に思わずきょとんとする千鶴。
そんな千鶴に小さく笑っては、沖田は空を見上げて
「16光年。」
「え……?」
「織姫の星と彦星の星との間の距離は約16光年あるんだよ。」
「え…と……?」
いきなり16光年と言われても千鶴にはぴんとくる筈もなく……
「要するに、彦星が光の速さで走ったとしても(秒速30万km)片道16年はかかるって事。」
「16年…」
「そ、運よく無事に逢えたとしても、また自分の星に帰るまでに16年。つまり、往復32年間はかかるって事だね。」
「そんなぁ……」
「究極の遠距離恋愛だね。」
くすくすと笑う沖田。
「……沖田先輩、意地悪です…」
「そう?。」
ぷっくりと頬を膨らませ少し涙目に、うるうると大きな瞳を潤ませながら上目遣いに沖田を睨む千鶴。
そんな顔で睨まれても迫力がある訳でもなく、ただ、小動物的可愛らしさを強調するだけで…沖田はそんな千鶴を愉快そうに見た。
「もし、僕だったらそんな無駄な事はしないけどね。」
「お…沖田先輩……?」
千鶴の背中に回り、背後からぎゅっと抱きしめる沖田。
突然の沖田の行動に、真っ赤になって金魚のように口をぱくぱくとする千鶴。
「僕だったらそのまま織姫の所に居座っちゃうだろうし。」
「…え…と……」
「そしたら一年に一回とか、めんどくさい事もないし、毎日会えるしね。」
「…それは……」
「それに第一、天帝にそんな事言われたとしても無視しちゃえば良いだけの事だしね。」
「…それはちょっとどうかと……」
「邪魔する奴は斬っちゃえば良いだけの事だし。」
天帝を無視するとか、斬っちゃうとか…
沖田のとんでも発言に一瞬、目を丸くはするものの…
その後、思わずくすくすと笑ってしまう千鶴。
「でも、沖田さんらしいですね」
「そう?」
「はい。」
小さく頷きながら千鶴は自分を抱きしめる沖田の腕に手をそっと添える。
そんな千鶴の肩に沖田はゆっくりと顎を乗せてそのまま髪に顔を埋めた。
千鶴の黒髪からはシャンプーの残り香だろうか、ほんのりと石鹸の香りがした。
「ねぇ、千鶴ちゃん…」
「はい?」
「さっきから、沖田さん…に戻ってるよ?」
「あ、す…すみませんでした。」
「僕としてはそっちの方が良いんだけどね。」
「でも、ここは学校ですし、けじめですから…」
「相変わらず真面目だよね。君って…」
「そうですか?」
「もう少し気楽にしたら良いのにね。」
「沖田先輩みたいにですか?」
「そうそう…ってなんか今の酷い言い方みたいだけど?」
「そんな事ありませんよ。」
「君、言うようになったよね。」
「日々鍛えられていますから。」
「ほんっとに、可愛げがないよね。君ってさ…」
ふぅ、と大げさに溜息を漏らしながらも沖田は千鶴を抱く腕に力を込めた。
沖田の息が千鶴の首筋に当たり、千鶴はくすぐったくて思わず首をすくめた。
「……私もですよ」
「え?」
「私も天帝様の言う事は聞かないと思います。」
「…千鶴ちゃん」
「そして私もそのまま居候させて貰うと思います。」
「…それって、なんか押しかけ女房みたいだね。」
「え…と、ご迷惑でしょうか?」
「まさか、大歓迎だよ。」
「ありがとうございます。」
「それじゃぁ、早速…」
「えっ…?」
「僕の部屋へ行くんでしょ、押しかけ女房さん?」
「え、え…?」
「明日は土曜日だし、今晩は泊まっていって、明日は二人で七夕祭りでもしようね」
「え…えぇぇぇぇぇ…っ!?」
そのまま千鶴は楽しそうに舌なめずりしている沖田に攫われるように屋上を後にしましたとさ…。
おしまい。