頂 き 物 ♪

□ニャンスケ日和:ちなこ様/〜いいものあげる〜
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〜いいものあげる〜



それは、よく晴れた日のこと。

いつものように千鶴は日課をこなしていた。
ここでは自分は居候の身。
だから少しでも新選組隊士達の役に立てればと、日々あれこれと仕事を見つけ出して千鶴なりに頑張っている。
そしてその中で、午後の穏やかな時間は中庭の掃除に当てていた。
食事以外で休憩時間を入れていない千鶴にとって、この一時は休憩と同等のものであった。
陽だまりと戯れながら掃除をするのはとても気持ちが良いもので、何も無くとも自然と顔が綻んでいく。

(いい天気、すごく気持ちいい〜)

ふわりと緩く注がれる日光の柔らかさを、千鶴が全身で受け止めている時だった。

「千鶴ちゃ〜ん、いいものあげる」

片手に箒を持ちながら、両腕を左右いっぱいに開いていた千鶴が背後からかけられた声に体ごと振り向くと、その視線の先に沖田がニコニコと片手を振りながら歩いてくるのが映った。
もう片方の手に何かを持っているようだが―――

「沖田さん、いいものって何ですか?」

『いいもの』とは、沖田が手にしている物のことだろうか?千鶴は首を傾げた。
沖田の手の先を見れば焦げ茶色の棒を握っているのは分かる。しかしその先端は薄茶色の紙に包まれているために、中身まで想像することが出来なかった。

(何だろう?)

傾いた首が疑問によって更に傾いていく千鶴の前で、ピタリと足を止めた沖田は爽快さを感じさせる微笑みを浮かべてみせる。
町娘達がその表情を目にしたら、途端にキャーキャーと大騒ぎになるだろう―――と、そんな笑みを。
僅かな微笑みですら沖田には女心を揺らす魅力があるようで、それを間近で目にした千鶴もまた頬を熱くさせていた。

(沖田さんの笑顔って、いつもドキドキさせられます……)

何故、ドキドキしてしまうのだろうか?
そんな事を考える千鶴の前に、沖田は握っていた棒を差し出した。

「うん、これ君にあげるよ」

「……何ですか?」

キョトンとした表情で沖田の手にするものを見た千鶴だが、その後すぐに疑わしい表情を見せる。それは、一瞬チラリというさり気ないものではなく、あからさまにジッと……

それもそのはず。過去、沖田から『あげる』と言われて無理矢理受け取らされた物の中に千鶴が喜んだ物は一つも無かったのだから。

まぁ、それだけ聞くと千鶴がとても失礼な人間に思われそうだが……実際、過去のそれらは迷惑としか思えないものばかりであった。
そうして千鶴の中で沖田の贈り物に対する猜疑心は回を重ねる毎に強まっていたのだ。

沖田からの贈り物にはろくな物が無い―――それは千鶴の中に教訓のようにずっしりと存在していた。
だからいきなりくれると言われても、戸惑うというか素直に喜ぶことが出来ない。
沖田が千鶴の存在を快く思っていないのは分かっている。
そのせいだろうか?
彼は贈り物と称してカエルや虫など、千鶴の嫌いなものばかりをよこすのだ。
ワザととしか言いようのない仕打ちに千鶴が悲鳴を上げれば、その様子をさも面白そうにニヤニヤと見ている。時には腹を抱えるほどまでに笑い転げていることも幾度かあった。
明らかに嫌がらせそのものの行動である……と、思わずにはいられない記憶しか千鶴には無かった。

毎回そんなだから、今回の物も不審を抱くのは当然だろう。その紙袋を取ったら棒の先には何かがいるのだ。
何かが……そう思うと千鶴は手を出すことが出来ず、腕部分を中心に体が硬直していくのを感じていた。

「あれっ?どうしたの?」

千鶴の表情から柔らかさが消え、身体に不自然な力が入った瞬間を見逃さなかった沖田は、緑の瞳を大きく瞬かせてみせる。
そうして更に棒を千鶴へと差し出し、

「この中身が何だか気になるでしょ。多分、君の好きなものだよ」

そう言いながら、物を左右にチラつかせて千鶴の興味をそそろうとするみたいだが……今まで沖田から好きなものを何一つ貰ったことのない千鶴としては、左右に振れるそれを目で追いはするものの、手を出そうという気にはなれなかった。

(好きなものって……一体……)

『 何?』

もやもやが頭の中いっぱいに広がる。自分の好きなもの―――沖田とはそんな話をした事は一度も無いはずで、だから沖田が千鶴の好きなものを知っているとは思えなかった。

(……何……?)

疑問と迷いが千鶴の中で渦巻く。

「ええっと……」

ここは断るのが最善だと判断した千鶴は、今度は必死で断る言葉を捜し始めた。
沖田の機嫌を損ねないで、丁寧に当たり障り無く断れる言葉を―――


―――そうして、自分の持てる全知識をフル活動させて考えてみたのだが……

残念なことに見つからなかった。
この際どんな些細な言い訳でも……と心は焦るが、もともと弁解や釈明が得意な方ではない千鶴はここぞという時の言い訳もとんと思い浮かばない。
上手く立ち回ることが出来ず、自分の不甲斐無さをひしひしと感じてしまった千鶴は下唇を噛み締めた。
僅かに出来た隙間から、やるせないため息が煙のようにひっそりとこぼれ出ていく。

(どうしよう……)

結局、何一つ案が浮かばなくて、千鶴が青ざめながら沖田の様子を伺おうと顔を上げると、それに対して沖田の方はニコニコと上機嫌な笑みを浮かべて千鶴を見返していた。
目が合うと、増してニコリと人懐っこい笑みが向けられて……そんな笑顔を見るのは初めてかもしれない。トクトクと揺れる心音に、千鶴は断るどころか何も言えなくなってしまう。

(どっどうしよう……)

その言葉ばかりが頭の中をグルグルと駆け回っていた。
向けられる笑顔が眩しい……
そして、恐ろしく感じた……



『好きなもの』とほのめかしても一向に手を出そうとしない千鶴に痺れを切らせたのか、沖田は強制的に千鶴の腕を掴んだ。

「何してるの?ほら、持って」

(ひっ!)

有無を言わさず握らされる。

「はい、紙袋取って」

(どっどうしよう…っ)

有無を言わさず促される。

紙に動きが感じられないので生き物ではない事は分かっているのだが……それならば何だろうか?
例えば、イモリの串焼きだったらどうしよう……とか、見えないだけに妄想が大きく膨らんでしまう。
それはそれで妙薬と言われているものだが、それなら石田散薬で十分だし……などと千鶴はあらぬ考えに頭を悩ませていた。

「何で取らないの?それなら僕が取っちゃうよ」

棒を持たされて焦る千鶴の手を上から重ねて握ると、もう片方の沖田の手が先端へ伸び、素早く紙袋を引っ張った。

「きゃっ」

その瞬間、思わず目をつぶった千鶴だが……



間を置いて恐々と片目を薄く開けてみると、そこには―――

黄みを帯びた丸いもの。
そしてその中に人形の絵が描かれていた。

「飴…細工……ですか?」

「うん……。君、飴好きでしょ」

予想外のものに驚いた千鶴がそのまま瞬きをするのも忘れるくらいに沖田を見上げていると、その視線の先で沖田が何とも気恥ずかしそうな表情に変わっていく事に気づく。
それは、いつもニヤニヤと薄く笑みを浮かべている沖田にしてはとても珍しい表情だった。

見慣れないものを目にしたからなのか、何かに千鶴の心がざわつく中、不意に沖田の瞳が真っ直にこっちへと向けられて、お互いの視線が合わさる事に千鶴の心臓はトクンと波紋のような波を打つ。
絡む視線を伝って沖田の晒す気恥ずかしさが自分へと流れ込んでくるようで、戸惑いを隠す事が出来なくて……どうにも落ち着かなく右往左往と揺れるそんな千鶴の頬を、沖田が両手で挟み込んだ。
その後一瞬の間も置かず、固定され動けない千鶴にスッと顔を近づけて来る。

「好き……だよね?」

「あっ……」

緑の眼差しがより間近に迫り、覗き込まれたその瞬間に心がキュッと掴み取られてしまったかのようで千鶴は息を飲んだ。ほんの一瞬だが、おでこがぶつかった気がする……
こんなに沖田と接近するのは初めてだった。前ぶれもなく迫られた距離に免疫の無い心臓はドキドキと聞こえてしまいそうなほど高鳴っている。
見つめられる事に恥ずかしさは募る一方だというのに、固定された顔は俯くことも逸らすこともさせてもらえない。
オロオロと新たな動揺を見せる千鶴のすぐ目の前で、沖田は形のよい唇に僅かに笑みを含ませた。

「これは千鶴ちゃんが絶対に一人で食べること。いいね?」

外されない真っ直ぐな視線。囁くよう耳に滑り込んでくる声。それらに思考は奪われ、千鶴はただポーっと立ちつくしてしまう。
ゆっくりと動く唇から男の色香が溢れ出てくるようで目が離せなかった。

「……沖田さん……」

色香に浮かされてうわ言のように名前を呼べば、それに答えるようにして沖田の笑みが更に深まった。

「もし、他の誰かにあげようなんてしたら……その時は殺すよ」

「…………えっ…?」

ポーッとしかけた千鶴の瞳が、沖田の言葉に大きく瞬いた。
今、何だかとっても物騒な言葉が混ざっていた気がする……そう思った次の瞬間、千鶴は無意識に身をすくめていた。
まさか人様からいただいたものを他の誰かにあげるなんて……と口にしようとした千鶴だが、ふと飴に視線が止まった。今まで沖田ばかりを見ていて気づくのが遅れてしまったが―――

(あれっ?…これって……)


よく見れば飴の中に描かれた絵。
その人形は薄茶の髪ににっこりと笑顔の……

「これ……もしかして…沖田さんですか?」

千鶴が瞳を瞬かせて見上げれば、少し頬を染めた沖田が身を戻すと照れくさそうに空を仰いだ。

「そっ。……だから千鶴ちゃんに食べて貰いたいんだよ。他の誰か……まして男に舐められるなんて論外だからね」

(私が舐める分にはいいって事なのでしょうか……)という疑問は浮かんだものの、確かに、そう言われてみれば……である。
平助や斎藤達が、沖田顔の飴をペロペロ舐めているのは非常に想像し難い事だった。

「どうしたんですか?これ……」

いつもと違い、ソワソワとし始めた沖田の仕草に千鶴は目を見開いた。
上を向く頬の端が若干染まっているようにも思える。
いや、端だけでなく全体的に―――意外な沖田の一面に、千鶴は瞬きもせずに食い入るように見つめてしまった。

(今の沖田さん…何だかすごくかわいい……かも……)

そう思わずにはいられない表情。
赤味の差した顔を見られたくないのか沖田は上を向いたまま答えた。

「ん、知り合いの飴細工職人さんに教えて貰ったんだよ」

「……って事は、この飴は沖田さんの手作りですか?」

「うん……まぁそういう事になるかな……たまには君の好きなものを…と思ってさ……」

赤味が更に増した気がする。
そんな沖田が一層かわいらしく見えて、千鶴にも笑みが浮かんだ。
するとそれを察したのか、チラリと沖田の視線だけが戻される。

「ちょっと……何、笑っているの?」

「いっいえ、笑ってなんて……」

気恥ずかしさからくるのだろうか、沖田のふてくされた様な拗ねたような表情がとても新鮮で、千鶴は今まであった沖田との見えない距離が急に縮まったように感じた。
嬉しさに頬が熱くなり、弾む心に緩む口元をそっと飴で隠そうと千鶴が手を動かした直後、今度は思いがけない事を言われた。

「いつも君が……僕達、新撰組の為に頑張ってくれているから、たまには君の為に何かしてあげたいって思っただけだよ」

「えっ……?」

予想もつかない沖田の言葉に、千鶴の思考はその場で一旦停止を起こしてしまった。
その後、弾かれたように慌てて返答する。

「そんなっ…私の方こそっ……沖田さん達は京の治安を守って下さっています。だから私にも何か出来たらって……思って……私にはこんな事くらいしか出来ませんが……」

言いながら徐々に俯いていく千鶴の頭に、沖田の手が優しく置かれた。

「それだけで十分だよ。君が笑顔で送り出してくれるから、僕達は安心して出かけられる。君が笑顔で迎えてくれるから、無事帰って来れたとホッと出来る。
 口にするのは初めてだけど、いつも君には感謝しているんだよ……ありがとう千鶴ちゃん」

そう言って照れくさそうに笑った沖田の笑顔は千鶴の心を柔らかく包み込んだ。

「……沖田さん……」

その言葉は千鶴にはとても嬉しいものだった。
しかも、誰よりも自分の存在を疎ましがっていると、そう感じていた沖田から言われるとは……自分がここにいてもいいと居場所を認めてくれたようで千鶴の頬が歓喜に染まった。

飴はそこそこの大きさだが、隠すのは口が精一杯。熱くなった頬は、きっと沖田からは丸見えに違いない。
千鶴はそっと俯くと、熟れた頬を隠すためにさり気なく頭を下げた。

「た…大切にいただきます」

自分に向けられる優しい言葉と温かい笑顔が何とも心地よくて……なのに先ほどからドキドキが止まらない。
どう言い表せばいいのか分からない気持ち。そわそわと落ち着かなくて、だけどふわふわと弾みたくなる……
この感情に名前はあるのだろうか?
千鶴は心の中で疑問を投げかけてみるが、その場で答えが出るはずがなかった。

今は分からないけれど―――
もしかしたらこうして沖田と接していくうちに、だんだんとそれが見えてくるのかもしれない。
そんな予感を千鶴は抱いていた。



この飴は自分の存在を認められた証……
とても素敵な贈り物。
心から嬉しい贈り物。


暫くは、大切に部屋に飾っておこう―――
千鶴は掴んだ棒をキュッと握り直すと、飴の中の沖田にそっと口付けた。










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