頂 き 物 ♪
□桜夢記:ロカ様作/紅緋〜紅・原田Ver〜
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潮の香りがしていた。港に並ぶのはこれから日本と通商をしようとする多くの国の商船だ。
それを千鶴と二人で黙って見つめていた。不可思議な縁が二人をこうして結びつけた。
既に、所帯を持ったも同然の二人だったが、まだ正式な夫婦ではない。今は一刻も早く、この国を出ることが優先事項になってしまったからだ。
純潔の女鬼である千鶴をいまだにあの西国を統べる鬼の頭領である風間千景が諦めていないことを、
これもまた妙な縁で共闘することになり、今では原田と憎まれ口をたたき合う仲になった不知火匡がわざわざ二人の元を訪れ、知らせてくれたのだ。
それはありがたいことだとは思う。少なくともそれについてだけはそう思う。
不知火が原田たちの元を訪れた時と所を考えなければ、だ……!!!
それは、まさにこれから二人が就寝しようと寝支度、とうよりもむしろ、……の時だったのだから!
(これに関しては不知火の嫌がらせに違いないと、原田は踏んでいる。千鶴はこんな遅くにわざわざ急いで連絡に来てくれたと言って、その礼として赤い顔をしながら酒肴の支度まで整えてやっていたが、あれはあの時間帯を狙ってきたのに違いないはずだ!!! これだから、あの野郎は!)
元々、二人でこの国を離れることを決めていたこともあり、これを機会に江戸で滞在していた千鶴の実家でもある雪村の家を出て、横浜の山下居留区で仮住まいを始めた。山手居留区という話も出たのだが、千鶴がより海が近い場所を好んだため、この山下居留区を選んだ。
ここでの暮らしは江戸や京での争い事がまるで夢幻であったかのようの静かな日々だ。
異人が闊歩し、馬車が行きかうこの街に住む多くの人々は、いまこの国の別な場所で旧幕軍と新政府軍が戦をしているなど信じることも出来ないだろう。
ここはいつだって大勢の人でいつもにぎわい、そんな風に平然と多くの異国人がひしめく。
その景色のせいか、既に異国にいるような心持ちになることすらあるくらいだ。
そして、西洋人だけでなくここで商いをする多くの日本人が洋装だ。だが、特に人目を引くのは西洋人の女子のそれだろう。
原田自身は既に洋装に慣れていたし、見慣れていたつもりでもあったのだが、西洋の女物のそれは男物以上に着物と違っていて驚かされた。
「何だか、苦しそうですね……」
帯なのか、なんなのかわからないが、酷く腰を細く締めあげている。あんな恰好で息が出来るのだろうかと、千鶴が首を傾げた。
「ま、慣れとかじゃねぇのか。俺たちも慣れるまではかなり窮屈だったしな」
「そうですね。釦が窮屈だって、左之助さん仰ってましたもの……」
そう言って、当時の事を思い出したのか、ふふっと楽しげに笑う。ああ、この笑顔をずっと見たかった。原田の願いはそれだけだった。
千鶴が笑って、自分も笑って、過ごす平凡な日々。
傍らの千鶴は既に女子姿に戻っている。男装していても、千鶴は愛らしかったが、こうして女の姿に戻ると自分たちがどんなに酷なことを強いていたのかわかる。
長い時間、千鶴の大事な娘時代を鎖でつなぎとめるようなことをしてしまった。
その分、自分が出来ることは何でも千鶴へしてやりたい。
わがままを言うことに慣れていないこの愛しい娘は、自らそんな事を言いだしたりはしないだろうが……。
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