□唯一
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マダラが女と出会ったのは火の国の外れにある小さな港町だった。木葉の里を抜けてから数週間たったあと、ふらりと訪れた酒場に女はいた。

発端は夏の落雷による急な停電だった。膳に盛り付けられた食事に箸をつけながら酒を飲んでいると爆音のような雷鳴が響き、いきなり明かりが消えてあたりは漆黒の闇に包まれた。マダラはどうしたものかと、今後のことを考え始めた。
いやだねえ、停電だよ、と騒ぎながら店の女たちが蝋燭をさがして右往左往し始めた。そんな女たちのだみ声に混じって、玉を転がすように美しい、甘い声がきこえてきたのだった。
それまでは店の奥に引っ込んで、何か別の仕事でもしていたものらしい。甘い声の持ち主は慌てたように店先に飛び出してきて他の女たちと一緒になり、蝋燭やらを探している様子だった。

マダラは闇のなかで、その声だけを聞き分け、その声だけに激しく反応している自分に気づいた。それは肉体の隅々まで滲み、臓器という臓器をばらばらにし、自分自身を解体してくるような声でった。マダラはその声に不意に猛々しい欲望を覚えた。
ごめんなさい、とその声が近づいてきてマダラにいった。普段準備が悪いものですから、こんな時に蝋燭もろくにみつからなくて、お客さん、心細くないですか。
その種のサービスをする店でもあった。声の主はやおらマダラの手を握り、来ている和服の胸元を惜しげもなく広げて、自分の乳房に触れさせた。ほらね、こうやっていると安心しますでしょ?ね?
温かく豊満な、見事に張りのある乳房であった。マダラは女の胸元から手をはずし、激しく女を抱き寄せた。あらいやだお客さん、そんなにきつくしたら痛い、痛い。
あんたの声はなんて素晴らしいんだ、と男は女の耳に囁いた。聞いているだけで全身がとろけそうだ。
そうですかしら?おかしなお客さん。私のこんな声のいったいどこが……。
出よう、とマダラはこらえきれなくなって言った。お前をさらっていきたくなった。
ここを出るならねぇ様たちに断りをいれてくださいましね。勝手にいくと叱られるものですから。うちの店、そういうとこにとっても……。最後まで女が言い終わらないうちに、気がつくとマダラは女の手を引き、店を飛び出していた。横なくりの雨が降っていて、瞬く間にずぶ濡れになってしまった。
お客さんたら。なんだか飢えた少年みたう。慌てなくてもちゃんと気持ちよくさせてあげますのに。本当ですよ。こうみけても、私、とっても上手なんです。あら、お客さん忍びの方だったのね。腰に忍具がついているわ。そうねぇ、どこか普通の人と違うって感じでしたものねぇ。
女は呑気に愉快そうに言った。暫くはここ何日かマダラが寝泊まりしている、あの空き家へ向かってやみくもに歩いた。お客さん、何処まで生きなさるの。女はまたしても甘く美しい声で囁いたが、マダラはそれに答えなかった。家につき部屋の明かりをつけた。ぼんやりとした明かりの中でもマダラは初めて女の顔を見つめ、声をのんだ。
それは見てはいけない顔だった。天上の声にまったく相応しくない、二目とみれないほど醜い、呪われてるとしか言い様のない顔だった。

以後、この屋根裏に連れてきて以来、マダラは一度も女の顔を見ていない。

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