女狐

□七章
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神社の本堂を後にしたマダラはつと足をとめた。鳥居をくぐった先にある階段の手前に狛犬が向かい合わせに置いてあるのを見つけた近くで見てみるとそれは犬ではなく狐であった。狐といえば。マダラの脳裏には柱間曰くお稲荷様が過った。そう言えばここは稲荷神を奉った神社だったようななかったような。まぁ狛犬じゃなく狐がおいてあるということは合っているのだろう。柱間はここ南賀の地区であれを見つけたと言っていたのを思い出した。それに、九尾も噂には狐の様相だとか。

「狐三昧だな 」

マダラはぼそりと一人呟いて急くように家へ戻った。行きに修行をしていた子供たちをちらりと見て声をかけることなく家へと向かう。
家についた頃には息絶え絶えだった。それでも部屋に入ると思わず息を止める。これ、を見ると本当に心が落ち着く。これは中毒だとマダラは思った。

「一体どうしたらいいんだ」

マダラはまたしても一人呟く。実のところ、先程の会議もマダラのほうから皆に話したいことはたくさんあった。だがそれ以上にこいつを見たくて仕様がなかった。見たいのに見に行けない歯がゆさはマダラを一層苛々させた。南賀の神社の神主の話など対して興味がなかった。自分から聞いたのも、ただ頭領である自分に隠そうとしていることが気にくわなかっただけ。それにヒカクたちはマダラが怒ると思って隠していたのだが、怒りなど微塵も沸いてこなかった。確かに一族の皆を大切に思っている。だがそのなかでも弱い女など何とも思わない。その為かうちはではくの一はいなかった。専らこの時代にくの一自体大いに珍しく、うちはのようにくの一がいない一族なんてざらにあった。しかしそのなかでも千手一族はくの一が豊富であった。中にはそこそこ手練れの者もいるが千手と聞いて結婚したいなどと思わない。思うわけがなかった。

そっと目の前の檻に手を置くと眠っていた狐がこちらを向いた。その黒い瞳は何を考えているのか読み取れない美しさがあった。ここにいると、心が安らぐ。

「俺はずっとこのままでいたい」

マダラ自信自分がなんでこんなことをいったのかわからない。しかしこれが心の奥の本音なのだと思った。子を作らなくてはいけないことはわかっている。里のために尽くさなくてはいけないこともわかっている。しかしこの狐の前では全てがどうでもよくなってくる。ずっと、このまま、死ぬまで、この狐と暮らそう。あぁ、なんて素晴らしい人生なんだ。






―――――――――――――





それから二週間、マダラは部屋から出ることはほとんどなかった。食事は他の者に運ばせ仕事はほったらかしであった。ヒカクや他のものたちは風を拗らせたと思っているようでちょこちょこ医者を呼ぶかなど壁越しに聞いてきた。マダラはそのうち人と話している時間でさえ惜しくなった。そして最近では、暫く構うな、と言いつけて狐との完全に二人だけの生活を送っていた。 マダラは懲りもせず檻に密着していた。この二週間、マダラは狐とともに起き、狐とともに食事をとり狐とともに寝ていた。そんな幸せな日々に突然邪魔が入ろうとしていた。

どんどんと此方に向かってくる足音。今日ヒカクは出掛けている。女中には誰もここに近づけるなといってある。それなのになぜ?マダラの言いつけを破る人物などこの家にはいない。思い当たる人物は一人しかいなかった。こんこんと扉が叩かれた。


「いるんだろ?」


マダラは息を潜めた。なるべく気配を消し、静かに身を小さくする。

「おい、マダラ」

こんこんと叩かれていた扉の音は徐々に大きくなっていた。暫くすると音がなりやむ。そして後退する足音が聞こえた。マダラはほっと肩をおろした。
そのとたん、どどどっと此方に突進する音が聞こえたと思うと扉が壊されていた。マダラは唖然とした。

「居留守を使ってもむだぞ」

「……」

柱間はマダラをみて眉を潜めた。自分より酷い。そうおもった。マダラは窶れていた。頬の肉は少し落ちていた。元々太っていない体だったからこそ余計に痛々しかった。それをみればこの二週間マダラがどんな生活を送っていたのか容易に想像できた。柱間は反省した。

「マダラ、お稲荷様を森へ返そう。」

マダラの目が見開かれた。そしてギロリと柱間を睨んだ。

「今更何を。」

「御主のお陰で頭を冷やすことができた。そいつは森へ返すべきだ」

「柱間お前……正気か?」

柱間は大きく頷くと檻に手をかけた。マダラはそれを阻止しようと檻にしがみつく。

「やっ、やめろ柱間!」

「いいや、やめぬ。」

普段のマダラならすぐに手がでてくるのだが、あまりの急な事に頭がついていかず、ただ檻にしがみつくだけだった。
柱間は今のうちだ、と印を結んだ。
マダラのあっと言う声を最後に二人は森へ飛んでいた。


「柱間、本当に返すのか?」

「あぁ。このままでは駄目だ。」

そんなこと自分でもわかっているとマダラは思った。しかし、一度その喜びを知ってしまった者からそれを奪うことは困難だ。

「お前はなぜ返せるんだ」

「俺だってあまり長い時間はいられない。早く返そう。」

マダラは目を瞑った。見ていなければいくらか我慢できると思った。柱間は印を結び檻をといた。狐が歩く音が聞こえた。マダラはいたたまれず目を開いた。すると狐はくるりとこちらを向いた。そしてじっとマダラを見つめた。相変わらず綺麗な瞳であった。そして徐に口が開いた。




「ありがとう」



柱間は尻餅をついた。マダラもまた目を見開いた。狐が喋ったのである。信じられないともう一度狐を見る。すると狐は白い煙に包まれた。それにより一旦視覚を奪われる。そしてそれと同時にマダラの体が揺れて柱間同様尻餅をついた。そして視界が明けるとそこに狐はいなかった。

「お稲荷様が……」

柱間は残念そうに呟いた。

「おっ、おい」

「どうした……っ!」

柱間は大きく目を見開いた。その視線の先には二人いた。


「だっ、誰ぞ?」

マダラは見知らぬ女に抱きつかれていた。尻餅をついたのはそのためだった。

「ありがとう」

柱間でもマダラでもない声が聞こえた。

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