神代桜の奇跡

□惨伍
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目を覚ますとそこはよく知った天井であった。重い体を起こすと胸のあったりが少し痛んだ。だが、あれほどの怪我をしておいてこの痛さということは、あれからすでに何日か経っているのだろうか。近くには薬と水の入った桶が置いてあり、どうやら少し前まで誰かいたようだった。あたりを見渡しても誰もいなかった。誰か、と声を上げると何人かの女中がせわしなく入ってきた。

「ライラ様、お目覚めになられたのですね。」

『えぇ、たった今。ところで、あれからどれ程たっているの?』

「三日ほどです」

三日か。思ったより時間が経っていないことから自分の怪我の治るスピードに驚いた。確かに、木遁を食らう寸前私は晶遁の術で少し軌道をずらしなんとか急所だけは避けたのだが。
それから女中に連れられて私は風呂場へ行き汗を流した。すでに沸かされた湯は程よい温度で心地よい。胸の傷を見るとさすがに治ってはいないが、きちんとふさがっており、問題はないだろうとおもった。どれ程丁寧に手当てされたのかは傷を見ればすぐにわかった。風呂から出ると用意されていた着物に腕を通す。金地に桜の花びらを染め上げた色鮮やかな上質な着物だった。

『これはどうしたの?』

女中たちが私の髪を布で拭きながら答えた。

「マダラ様からでございます」

数人がかりで髪を拭かれたため、あっという間に乾いてしまう。そしてあれよあれよという間に上半分の髪が結われる。残りの下半分はおろしたままでまるで芸子のような髪型だった。

『これをつっかて』




私は外に出た。群青色の夜空を見上げ桜並木を歩く。いつものようにあの橋を渡って、それから、あの道を右に曲がって。川にはたくさんの桜の花びらが浮いていた。

 つと足を停めた先には神代桜が見えた。ひらひらと舞う花びらの中にマダラがいた。ふいに胸が騒いだ。私はマダラを見た。その表情、その目の光に記憶があった。ああ、やっぱりと思った。思ったとたん、熱いものがこみ上げる。私は急くように声を出した。

『マダラっ』

マダラは私が来ることを予想していたのか、両手を開いて私を見た。私はそれに吸い込まれるように駆けだして、マダラの胸に顔を埋める。がっしりとした腕に抱き締められ、ようやく元のマダラに戻ったんだと実感する。一体いつからここにいたのか解らないが、体はひやりとしていて、心地よい。
河鹿の声が近くで鳴いた。葦のあたりで、ぽちゃりと水の音がした。私が顔を上げた瞬間、私の唇とマダラの唇が重なった。
冷たい唇だった。その唇が慎み深くわななくように震えたと思ったら、私の目から一筋の涙が流れた。

私はマダラの首に腕を回して暫くの間二人ともそのまま動かなかった。ぽちゃりと再び水の音がした。マダラは私から離れて私の髪をすくった。

「愛してる。これから先も永遠に。」

真剣な表情のマダラに鼻の奥がつんと痛くなる。震える手でなんとかマダラの頬に触れた。マダラは優しく笑っていた。マダラはすくった髪を指でさらさらとほどき私の肩に手を置いた。
 
「俺はお前とずっと一緒だ……これから先も。」

『私も、貴方の隣にずっといるわ』

「約束だ。」

そう、これこそが私がこの指輪に託した願いだった。私がこの時代にきた理由だ。 再びマダラが私を抱き締めた。そして首に顔を埋め傷痕に唇を這わせる。

「すまなかった…」

『いいえ、悪いのは私の方だわ。はじめから全て思い出して貴方に話していれば…』

「どんな理由にせよ俺はお前を傷つけたんだ…。こんな俺と一緒に」

『ふふっ、今更何を言っているの?私はこの指輪に願うほど貴方のことを好いていたの。』

マダラがごくりと唾を飲む音が聞こえた。暫しの沈黙の後、地面に膝をついて私の手をとる。

「これから先、俺の人生に変えてでもライラを幸せにする。あの人ではなく、うちはマダラとして俺を愛してくれるか?」

まるで絵本に出てくる王子様がするような行動もこの人がやると様になる。漆黒の瞳が私を捕らえる。あの人とマダラの顔が重なった。あの人はここまで大胆ではなかったなと思った。今ここにいる人はあの人だけどあの人じゃない。魂が一緒なだけで、別人なのだ。シャンと、先ほど女中に着けるようにお願いした、マダラからもらった桜の簪が鳴った。

『勿論です。私は……これから先うちはマダラを愛すると約束します。』





群青色の空の下で桜の花びらが舞う中、抱き締め会う男女の姿はとても絵になる光景だった。女は涙を流して喜び、方や男は女の手の甲に口づけを落としていた。月光が照らすなか二人は闇の中に溶けていった。

この先二人がどうなったのかは、また別の話である。

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