神代桜の奇跡
□弐伍
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“ねぇ”
女が口を開く。
“どうした?”
俺がそう答えると女は少し前にでて顔を除きこんだ。また、この夢か。一体何回目なのかわからないが、今回は第三者からではなく、俺自身の姿は見えない。つまり。俺からの視点だった。
相変わらず女の顔はもやがかかっていて見えない。
“来年もまた二人で来ましょう”
“あぁ、約束だ。”
俺は女に手を伸ばす。女はその手をとり、二人並んで歩く。女が握る力を少し強めた。俺はこの手を知っている。この手は……ライラ。
ライラ?
直ぐ様横を向くと女はそこにいなかった。繋がれていたはずの手は行き場を失ってただ空気を掴むだけだった。
そこで俺は目を覚ました。目の前にはライラが規則正しい寝息を立てて眠っている。俺は彼女の布団の中に手を忍ばせそっと手を握ってみた。やはり、間違いない。夢で会った女の手だ。すると、ライラが握る手の力を強めた。これもまた、夢でみたそれと同じであった。
“そうか、ならいつか。”
“二人で見に行きましょう。約束よ?”
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“来年もまた二人で来ましょう”
“あぁ、約束だ。”
二年前に話した記憶と、今さっきみた、夢が重なる。ひどく頭が痛くなった。この夢を見始めたのはライラと出会うよりうんと前だ。
『マダラ?』
いつから起きていたのだろうか、ライラの大きな瞳と目があった。
「おはよう」
『あっ、おはよう』
なんとか取り繕って言葉をだしたが不自然になってしまった。ライラはきょとんとして不思議そうに顔をのぞきこんだ。
『どうかした?』
「いや、なんでもない。」
『そう。』
ライラはそれ以上深くは追求してこなかった。ライラは布団からでて立ち上がり窓をひらく。何時もと何ら変わりのない行動だがなぜだか今日は嫌な予感がした。
『今日は雪かしら』
「そうだな。雲行きからしてあと一時間後には降りだすかもな」
『雪が降れば戦も厳しくなるわ』
俺は立ち上がりライラを後ろから抱き締めた。先程まで一緒の布団で寝ていたのにも関わらず、ふわりと香る彼女の甘い香りに頭がくらくらする。そのまま腹に手を回し、肩に顔を埋めるとライラの手が俺の手の上にかさねられた。
「風邪をひくぞ」
『えぇ。』
「明日は千手の集落の近くまでいく。体調は整えておかなければな。」
『そうね。』
ライラが窓を閉めると、しんっと部屋が静まりかえった。ライラは俺の頭の上に手を当てて髪を撫でた。
『最近、』
「言うな」
ピタリと撫でていた手が止まる。俺はライラの腕を引き此方に向かせそのまますがりつくように抱き締めた。
「言わないでくれ」
ライラが口にしようとしたことはわからないがとにかく聞いては駄目だと体がつげていた。このままではいずれ、うちはは千手に滅ぼされてしまうこと、はたまたあの男のこと。どちらにせよ、今の俺の精神状態では耐えられないことだ。
『ごめんなさい……』
か細い声で言うライラに罪悪感を覚える。どちらも俺の勝手な我が儘だというのに。
「いや、悪いのは俺の方だ。俺は……」
『好き』
ライラは顔を上げて俺の瞳を見る。
その目はとても切なく、悲しげで……。俺を見ていない目だった。
『好きなの、本当に。』
俺はただなにも言わずに見つめ返した。いや、正確にはなにも言えなかったのかもしれない。俺はライラの肩を押し自分から引き剥がすとそのまま部屋を後にした。
これで暫く彼女に会うことはないだろう。