神代桜の奇跡

□弐肆
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『昌遁の術』

ライラの声とともに辺りは瞬く間に結晶と化していく。戦場に全く似つかわしくないそれは、敵をも魅了し、まるで戦場に咲く一輪の花のように思える。そんなライラは今では知らない忍びなんていないんじゃないかと思えるほど有名になった。それに伴ってうちはと千手の戦いも激戦化した。多くの仲間が死にその度にライラは涙を流した。静かに涙をはらはらと流すそんな姿でさえとても美しかった。ライラが有名になったのは術もそうだが、女ということ、そして何より、その容姿だった。まさに戦場に咲く一輪の花。そう、花なのだ。この地生臭い戦場に唯一汚れのない綺麗な花。そんな姿に一体どれだけの男が恋い焦がれたのだろう。

戦いが酷くなるにつれ、陣営も徐々に移り変わった。ライラと神代桜を見ようと約束してからニ年半ほど、今では昔住んでいたところからだいぶ離れた位置に簡単な造りの仮家で暮らしている。そのため約束は未だに果たされていないのである。春になると、神代桜は花を咲かせているのかしら、とライラはいった。見に行きたいとは一度もくちにしたことはない。ライラは賢い。それ故、俺はそれに甘えてしまっている所もあるのかもしれない。戦の帰道、ライラと共に落ち葉を踏みしめながら歩く。紅葉の時期を迎え、ここいらの山一体が赤や黄で綺麗に染め上げられている。俺はぎゅと握られた手の力を強くした。

『ふふっ。どうかしたの?』

「いや。特になにも」

『不安なんでしょう?』

不安?と俺がきけばそうだとライラはいった。不安。確かにそうかもしれないと俺はおもった。二年半前と変わったことと言えば家の他に、ライラとの関係である。ライラと出会って半年。俺はついに我慢出来ずにライラに心のうちでをすべてさらけ出した。一気に捲し立ててしまい最初、ライラはきょとんとしていた。あぁ、やってしまったと思ったが、そんな考えとは真逆で、私も、と聞き取りづらい小さい声でライラは言った。確認のために今なんて?と聞き返すと、少しほほを赤らめてライラは言った。

『私も貴方のことが好きです。』

それからと言うもの、俺とライラは晴れて恋人同士になった。ライラが自分を好きだと言ってくれたときは確かに嬉しかったが、冷静に、客観的に見ると、それは喜ばしいことではないと気づいた。ライラはやはり俺を見ているようで見ていないのだ。あの朝、俺が見たライラの瞳と全く同じ瞳で俺を見る。相変わらずあの男のことは思い出していない。しかし頭の片隅にあるその男のことを俺を通して見ようとするのだ。何時もライラの瞳からあの男を感じとれ俺は穏やかでいられなかった。出来ることならその頭の中を全て自分に書き換えたい。あの男が付け入るすきもないほどに、自分で埋め尽くしてやりたくなる。
これが不安だというのなら、ライラはなんて人なんだろう。俺はこんなにもライラを思っているのに。

「お前が俺を好きでいるのか不安になる」

『まぁ、何度言ったらわかるのかしら?私はマダラのことが好きよ。』


ライラを幸せにしてほしい。こう言ってきたじじぃは去年、流行り病でポックリといってしまった。まぁ、年も年でありなんにせよ俺の前任の頭領だった人物だ。皆涙をながし別れを告げた。あの日は確か雪が降っていてとても寒かった。それでもライラはじじぃが埋葬された場所から動こうとしなかった。やはりライラにとってじじぃは特別だったのかもしれない。あの日約束したことは守りたい。しかし一体どうすればライラは幸せなんだろうか。俺と結ばれることははたして幸せなのだろうか。
そうか、なら安心した。そう小さく一つ嘘をつけばライラは満足げに笑った。

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