神代桜の奇跡
□壱
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少し肌寒い春の夜、月明かりを頼りに俺は歩いていた
千手柱間との闘いは今日もけりがつかず俺は何時ものことながら彼処に向かっていた
今年もまた咲くことはないのだろうか
「・・・っ」
ヒラリ、
風に乗り舞っていた花びらが俺の手に乗った
この淡い桃色といいこの艶やかな表面
何処かしっとりとしている肌触り
この花びらは其処らに立っているのとは明らかに違うことはあまり草木に詳しくない俺ですら一目瞭然であった
まさか
俺は一物の期待を抱き目一杯走った
どうか、どうか今年こそは
「これはっ・・・」
俺の予感は当たっていた
いつだっだろうか、今はなき父ですらこの花を見たことがないと言っていた
もう何百年も花を咲かしてないらしい
枯れているとかそう言うわけではない
ただ単に花が咲かないだけなのである
これが神代桜の花
あまりの美しさについつい見惚れてしまった
よく目を凝らせば木の幹に背中を預けている女がいた
元々ここはうちはの領域である
戦乱の時代で花見をするほど余裕のあるものなんてまずいない。それに女はこの時代専ら家事をこなし家の外に出ること事態珍しい
一瞬その女を不審に思ったがそんなことを忘れるほどその女は美しかった
酷く美しいその容貌に見とれ桜のことなど忘れてしまうほどであった
どれくらいだろう、その女に見とれていたのは
しかしその女はまるで絵の如くピクリとも動かない
俺は再びその女に不審を抱いた
「おい、大丈夫か?」
ピクリ
女の肩が小さく揺れた
ゆっくりと開かれる瞳はまるでエメラルドのような綺麗な色でそれは女の黒髪によく映えていた
『貴方は・・・』
彼女の声を聞くと心臓がトクリと高鳴った
苦しい
何故こんなにも苦しい
俺は女に一歩づつ近づいた
その度々に胸が苦しくなっていく
そして女との距離がほぼゼロとなった今ではまるで時を止めたかのように呼吸さえまともに出来なくなった
お互いの肌がつきそうでつかないこの距離
相手も嫌がる訳でもなく俺の瞳を見つめていた
しばらくの間見つめあった後、ヒタリと女の透き通った白い手が俺の頬に触れた
『どうして泣いているの』
どうして、そんなの俺が聞きたかった