ハリー・ポッター(夢)
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あんなに憂鬱だと思っていた夏休みはあっという間に過ぎてしまい、今はなんでも部のメンバーでコンパートメントに座っている。
例にならって桜花と桃花はいない。
「あ、今日母さんがセブルスの家に手紙送ったって」
「・・・なんでまた」
「大事な一人息子を家に帰さなかったんだからな。あたりめぇだろ」
ワシワシと頭を撫でてくる蘭樹の言葉に、複雑な気持ちになった。
「そんなに気を遣う必要はないと思うけどな」
「来年もくんだろ?」
「印象は良くしておいて損はないよ」
「・・・」
この兄弟が時々見せるこういう一面に、確かにスリザリンだと納得させられる。
「家にも手紙とお菓子が届いていた。母上が喜んでいたよ」
「家も。日本のお菓子はとてもきれいだから食べるのがもったいなく感じる」
「伝統工芸の一つだな」
「ね」
そんな話をしていると、ルシウス先輩が思い出したと言う様にポケットから手紙を一つ出して僕と梅並に差し出した。
「校長先生から二人にだ」
受け取って中身を見てみると、僕たちが研究している脱狼薬について書かれていた。
「協力は惜しまないと書いてある。その代り、満月になる前に試作品の薬を提出するようにとのことだ」
僕たちは顔を見合わせて目を輝かせる。
まさかこんなに本格的な研究ができるなんて、夢みたいだ。
「考えたんだが、脱狼薬は東洋魔術の考え方が向いているかもな」
さっそく部室で薬作りを始めた僕たち。
壁際にある棚には夏休みの間に採った新しい材料が並べられている。
「陰と陽?」
「ああ、おじいさんが言ってたろ?」
属性を見極め、相反するものをぶつける。
「無効には出来なくても、弱めたところを本人の生命力でも魔力でも使って抑え込めればうまくいくと思うんだ」
夏休みに教わった事を口にすれば、クスクスと笑いだした。
「すっかりうちの子だね、セブルス」
今のを手紙に書いたらみんな喜ぶよと言う言葉に、嬉しさと照れが湧いてくる。
「私たちが薬を作っているって知ったら、驚くよきっと」
笑い続けている梅並に一つ頷いて、夏を過ごした家の事を思い出す。
ずぶぬれで家に帰ったのも、朝になっているのも忘れて語り合っていたのも初めての経験だった。
図書館で何冊かの本を借りて寮へ向っていると、聞きたくもない声がかけられた。
「新学期早々図書館通いかよ」
「そんな事言っちゃ悪いよ」
それくらいしかすることが見つけられないんだからさと、嘲る声が二つ。
梅並と二人でため息を吐き、そのまま無視して歩く。
大広間へ通じる廊下でもあったため、周囲から無数の視線が向けられた。
在学生はまたかと思っているのだろうが、新入生は何事だとこちらを見つめてくる。
「おい猿、夏休み中人間社会から外れて本格的に人語を忘れたか?」
ブラックはまだ梅並を猿呼ばわりしていた。
舌打ちをすると、気にするなと肩を叩かれる。
「人語のついでに怪しい術も忘れたんだろ?だから僕たちに向かってこないんだ」
特にスニベルスなんかただのお荷物だもんねとポッターが言えば、梅並が足を止めてゆっくりと振り返った。
それを見てざわめく周囲。
また梅並の使う不思議な術が見られるという期待と、僕たちが戦うのを見てみたいと言う好奇の視線。
それはポッターたちも同じで、杖に手をおいていつでも構えられるようにしていた。
「“ごめんね。君たちがあまりにも低能なこと言うから、英語を使うのもめんどくさいんだ”」
梅並はとても申し訳なさそうな顔をして肩をすくめる。
「“私が英語で話そうと思えるくらい、レベルを上げてから出直してくれる?”」
ニッコリと笑って二人に手を振り、僕に顔を向けて歩き出す。
「行こう、セブルス」
それはちゃんとした英語で、僕は思わず笑ってしまった。
梅並がキレイに笑う時は何かある。
去年一年で理解した。
中性的で男にしては可愛い顔をしているだけに、残念なことこの上ない。
後ろでブラックが何か叫んでいたが、もう気にならなかった。
午前の授業が終わり、少し離れたところにあった教室から大広間へ向って歩いていると、一人の生徒が周りを見回してウロウロしていた。
「迷子かな?」
「だろうな」
新入生だろうその生徒のネクタイは緑。
寮に行くにしろ大広間へ行くにしろ、方向は同じという事だ。
「もしかして迷った?」
声をかければ肩を震わせて振り返り、僕たちを見て目を見開いた。
「どうしたの?」
顔に何かついてる?と首を傾げる梅並に、いいやと返して生徒を見る。
「レギュラス・ブラック」
びくっと更に大きく肩が跳ねた。
「シリウス・ブラックの弟だ」
「ブラックの?」
ちょっと涙目でこちらを見上げてくるレギュラスの顔をまじまじと見て、納得したように頷く。
「確かに面影がある。いいね、兄弟そろって美形って」
ナルシッサ先輩も美人だからそういう家系なのかなと聞かれたので頷くだけの返事をする。
その間も、レギュラスは泣きそうな顔をしていた。
「そんなに不安だったの?大丈夫だよ、私たちが道を知ってるから」
大広間でいい?と聞きながら頭を撫でて歩き出す。
しかし、レギュラスはそんな梅並に戸惑っているようだった。
「?」
「別に何もしない。早く来い」
「?」
梅並は訳が分からないと首を傾げ続けていたので僕が仕方なく説明をした。
「僕たちがブラックをよく思ってないのを知ってるんだろ」
だから何かされるかも知れないと心配なんだと言えば、キョトンとした後笑い出した。
「なるほどね、それでか!」
笑っている梅並を見て、今度はレギュラスがキョトンとしていた。
その顔がどことなくブラックに似ていて、僕も笑ってしまった。
「大丈夫、何もしないよ」
クスクスと、梅並の声が廊下に響く。
「君が私たちに何かした訳じゃないだろ?」
おいで、大広間はこっちだよと歩き出すので、僕もその隣を歩く。後ろから足音が近づいて来た。
大広間へ入るとなんでも部のみんなが揃っていて、僕たちの後をつて来ていたレギュラスに視線が行く。
「レギュラス?」
「迷ってたみだったので、道案内してきたんです」
「「可愛いわねぇ、一年生?」」
「、はい」
レギュラス・ブラックですと自己紹介すると蘭樹の目が輝いた。
「ブラックって、お前二年に兄貴いるか?」
「はい、シリウスは僕の兄です」
「そうかそうか!」
ガシッと肩を掴んだ蘭樹はレギュラスを見下ろしてニヤッと笑う。
「お前の兄貴になんか弱点とかねえ?」
「兄さん」
「だってよ、ほんとあいつらしつこくてな」
「気持ちは分かるけど。それを弟に聞くのはかわいそうだよ」
アーサー先輩が苦笑してレギュラスに手を差し出しながら笑顔を向ける。
「グリフィンドール生のアーサー・ウィーズリーだ。よろしくねレギュラス」
「よ、よろしくお願いします」
まさかグリフィンドール生がいるとは思わなかったのだろう。驚きながらも握手をしているあたり、兄貴よりも柔軟性があるらしい。
もしくは貴族としてのたしなみか。
「あたしはレイブンクローの木元桜花」
「あたしも同じレイブンクローの木元桃花。よろしくね」
「は、はい」
ルシウス先輩とはもともと面識があるようで、時々先輩の顔をチラ見しながら困惑しているようだった。
「ウメナミ!セブ!久しぶりね!!」
やって来たリリーに手を振って、一緒に昼食を採ろうと誘えば頷いて向かいに座る。
最近ではそれが当たり前になっていたのだが、新入生のスリザリン生たちはこちらを見て先ほどのレギュラスのように目を見開いていた。
「夏はどうだった?あたしは家族で出かけたの。ペチュニアも機嫌を直してくれて、一緒に遊ぶことができたわ」
リリーの妹の事を思い出しながら頷く。
あの妹と話すことができたなら、楽しい夏休みを過ごせたのだろう。
「僕はずっと梅並の家にいた」
僕も楽しかったよと言うと周囲で女子たちがざわついた。梅並の人気も相変わらずだ。
「そうなの!?日本に行ったなんて羨ましいわ!どんなところだった?」
「日本の事はよく分からないが、梅並の家は森に囲まれていてキレイな所だった」
見渡す限り自然が溢れていて、小さな島国だなんてとても思えない。
「セブルスはちゃんと話を聞くから、みんなのいいカモだったよ」
特におじいさんのねとほんのり笑って失礼なような事を言っているが、それは心を許しているからこその言葉と分かる。
とても、心地が良い声だ。
「なんだかんだで根性あるしな!」
親父のしごきにも耐えて偉かったと蘭樹が笑い出す。
「しごき?」
「日本の体術をね、みんなでしたんだ。一応なんでも部の強化合宿って名目だったからね」
みんな頑張ったんだよと苦笑して、少したくましくなった先輩たちはため息と一緒に肩を落とした。
「さすが、実力主義を掲げるキモト家って感じだったよ」
「私はまだ体がぎこちない」
「あっはっは!軟弱共め!」
笑ってる蘭樹にみんながため息を吐いて、それでも楽しかった夏休みを思い出して笑い合う。
なんとなくの流れで僕の隣に座っていたレギュラスはずっと無言でそれを聞いていた。