ハリー・ポッター(夢)
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ポッターたちの嫌がらせをどうにかやり過ごし、もうすぐ一年が経つ。
つまり、夏休みが近づいて来たということだ。
僕は家に帰りたくなくて、一日が過ぎるたびに重いため息を吐いていた。
寮から出て、梅並たちがいるだろう大広間へ向って歩き出す。
「まだ朝だって言うのに、もう髪がギトってるのはどうしてだい?」
こんな時に限って声をかけてくるポッターに心底嫌気がさす。
「俺たちがわざわざ声かけてやってんだろ、スニベルス」
無視して歩いていると体が浮き上がった。
肩に掛けていた鞄が落ちて中身が散らばる。お札を出そうとした時、
「お前、ほんとあの猿がいねぇと何もできねぇよな」
ブラックの言葉に、手が止まった。
「あの東洋人がいると厄介な先輩まで来て、やりにくいったらないよ」
ポッターが顔をしかめて杖を構える。
「さぁスニベルス、今日は自分でどうにかしてみたらどうだい?」
不安定な空中で杖を探す。
もしかして荷物と一緒に落ちたのかと慌てれば、
「あの猿、なんでこんな奴と一緒にいるんだ?」
無様な僕を見て、ブラックが言う。
それは僕が一番思っていたことで、頭から離れなかった事。
こいつらは梅並を猿と呼びながらも、その実力に一目おいていた。
だけど僕は違う。
呪文をいくら覚えても、どんなに難しい薬を作っても、こいつらには手も足も出ない。
こんな僕だから、梅並はいつも巻き添えを喰らって教室に閉じ込められたり提出するレポートを無くしたり、嫌な目にあってばかり。
「あれだろ?自分を引き立てるためのオマケさ」
「ああ、女はべらせるためか」
『セブルス、私の思う友達の定義でいいかい?』
「リリーはあいつに騙されてるんだ!」
『いつか私がやられて君が怒ったら、その時私たちは友達になれるんだよ』
「あんなヒョロイ男女のどこがいいってんだ」
『セブルス』
「君がやられてる所を見たら、あの東洋人だって笑い出すさ!」
『私は君と友達になりたいから、待ってるよ』
目の前にいる二人に、どうしようもない怒りが湧いてくる。
杖なんかどうでもいい。
とにかくこいつらを殴りたい!!
「お前らみたいな奴にっ、あいつの何が分かる!!」
あいつの頭の良さは一緒にいると驚く程だった。その回転の速さを狡猾と言うなら誰よりもスリザリンらしいだろう。それでも、
『誰からであっても、想いのこもったものを貰うのは嬉しい事だよ』
スリザリンらしくない、誰にでも優しい奴だった。
「何が勇猛果敢なグリフィンドールだ!あいつが怖くて不意打ちしかできないくせに!」
「、こいつ!」
お前らがあいつを語るな!!
怒りのせいで目の前がチカチカする。
その悪い視界でも、ブラックが僕に向かって杖を振り下ろすのが見えた。そして、
「本当、やってくれるね。君たち」
周りから聞こえていた笑い声よりもずっと低い、静かな声が聞こえてきた。
笑い声が止んだそこに立っていたのは梅並で、無表情のまま肩を震わせていた。
「私は、君たちが成長するまで付き合ってあげる気はないよ」
いつの間にか持っていたお札を投げて、手のひらを前に出す。
「縛!」
前に見た時と同じ言葉を口にしたけど、前とは全く違った。
お札がスルスルと長く伸びていき二人を縛る様に巻きついて行く。
「今度こそ大王イカの餌になっておいでよ」
何処かへ飛んでいく二人を見ていたら、地面に落ちた。
どうやら呪文の効力が消えたらしい。
「セブルス!怪我は!?」
「いや、大丈夫だ」
手を引かれて立ち上がり、ローブの汚れを払う。
「あいつらは?」
「マクゴナガル先生の所」
湖を空中散歩した後にねと付け足して、散らばった僕の荷物を拾いだす。
そして気が付いた。
梅並が笑っている。
さっきまで表情を消すほど怒っていたのに、なぜ?
「何を笑っているんだ?」
「嬉しくてさ」
「?」
インク瓶を持って振り返り、
「やっとセブルスと友達になれた」
「・・・いつからいた」
「“あいつの何がわかる”ってあたりから」
どうやら本当にさっき来たらしい。
顔をしかめてビンを受け取れば、笑顔を深めてきた。
「その顔を今すぐ止めろ」
「君はグリフィンドール生よりもグリフィンドールらしいよ」
「虫唾が走る」
「だろうね」
隣でクスクス笑っている梅並は上機嫌だが、僕の機嫌は下がる一方だ。
「ねぇセブルス」
「・・・なんだ」
「夏休み、よかったら家に来ない?もちろんご両親の許可が下りて、君が来たいって思ってくれたらだけど」
梅並が、ほんのり笑って前を向く。
「うちは古くから祈祷をしてる家だって話したの、覚えてる?」
「・・・ああ」
「東洋魔術に関するものが山ほどあるよ」
「・・・」
「薬の材料に使えそうなものも、数えきれないくらいある」
想像してみる。
初めて見る物に囲まれて、それについていつまでも梅並と話し合っているところを。
父さんに殴られるのに怯えるのではなく、母さんが泣いているのを見るのではなく、一人淋しくベッドで朝が来るのを、祈る様に待っているんじゃない夏休み。
「もし心配されるようなら、私の両親に手紙を書いてもらうよ」
この優しい友人になら、言ってもいいだろうか。
心の中を隠すことなく口にしても、良いだろうか。
「行き、たい」
「本当!?」
僕のたった一言に、こんなに喜んでくれる梅並になら、全てを吐露してもいいかもしれない。
笑顔の梅並を見て、顔を下げる。そうだ、言ってしまおう。
「家には、もうっ、帰りたくない」
暗い心の闇も、弱くて小さい僕も、何もかも、
「父さんに、殴られるのもっ、母さんが泣き叫んでるのもっ、もうたくさんだ」
あの家で育った僕にとって、リリーは光だった。
初めて他人から与えられた温もりだった。
だけど、だからこそ、知られたくなかった。
初めての光があまりにも眩しくて、僕と言う存在がどれだけ弱いか思い知らされて、助けてなんて、言えるわけがなかった。
うつむく僕の手を掴んで、梅並が歩き出す。
「セブルス、私の考える友達はね、全てをさらけ出さなくてもいいんだ」
秘密があって隠し事をして、心の中で罵倒していたっていい。
「だけど、絶対に譲れないものがある」
頼って欲しい。
そう言って、僕の手を離すことなく歩き続ける。
「友達が頼ってこないなんて、淋しすぎるよ」
「・・・そうなのか」
「うん。だから私は今、とても嬉しいよ」
「・・・」
「君が私を頼ってくれて、嬉しくて仕方がないよ」
「っ」
今、自分がどんな顔をしているのか、梅並がどこに向かっているのか、もう何も分からなかった。
「家に手紙を書くよ。子供が一人増えるよって」
楽しそうな梅並の声が耳を撫でていく。
「きっとうちを気に入るよ。約束する。ただ、なれるまで時間がかかるかもしれないけどね」
何せ国が違うからと苦笑する。
「ゆっくり、ゆっくりでいいんだ」
梅並の声や温もりは、リリーと違ってとても近くから感じられた。
その後寮へ戻って手紙を書き、なぜかフクロウ小屋にいたカラスに手紙を託して部室へ向った。
そこで蘭樹たちに弟が増えたよと笑って言うと、きつく抱きしめられた。
「うちは女が強いからな、覚悟しとけよ!」
「セブルス君が弟!?」
「大歓迎!!」
僕に抱きついていた蘭樹をむしり取る様に引きはがして、左右から桜花と桃花に抱きしめられる。
コロンのいい匂いがしたけど、最後に鼻をかすめたのは蘭樹と同じ匂いだった。
「強化合宿しようぜ!なんでも部の合宿!」
「それは良い案だけど、」
「ヤホーイ!決定!」
「・・・名ばかりの合宿になるだろうな」
「ああ」
これから始まる夏休みを考えて、みんなが笑ってる。
「楽しみだね」
梅並が僕の隣で笑ってる。
すごく安心した。