ハリー・ポッター(夢)
□始まり
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そいつはいつも木の上にいた。
「よぉ、トム」
「そこで何してる。もうすぐ授業が始まる時間だ」
「今日は風が気持ちいい」
お前もそう思うだろと同意を求められ、僕は苛立つのを表情に出さないよう気を付けた。
「訳の分からない事言ってないで、早く降りてこい」
「訳の分からん、か」
「おい!聞いているのか?」
「ああ、聞こえてる」
そう言って、そいつは何メートルもある木の上から真っ逆さまに落ちてきて、空中で回転しながら驚くほど静かに着地した。
「・・・」
「なんだ、今日は言わないのか?」
東洋の猿ってと、ニヤニヤしながら見上げてくるのがさらにイラつきを増加させた。
「言われたいならいくらでも言ってやる。だから早く授業に行け」
「ヘイヘイ」
笑いながら返事をして、どこにしまっているんだと聞きたくなるが、木でできた板のようなものを懐から出して素足に着けて歩き出す。
「ちゃんと靴を履け!いつも言ってるだろ」
「そんなもん履いてたら足に悪ぃ」
「そんな板より何百倍もましだ!」
そいつは一度振り返り、またニヤッと笑って歩き出す。
「猿にはこれで十分なんだよ」
僕はこいつが大っ嫌いだった。
孤児院を出てホグワーツに入学した日。組分けの時に初めてそいつを見た。
黒い髪に黒い目。黄色い肌の東洋人。同い年の僕たちよりも幼く見えて、体も一番小さかった。
「グリフィンドール!」
困惑の拍手がパラパラ聞こえる中、そいつ、キクオ・キモトは表情一つ変えることなく堂々と歩いて行った。
誰も歓迎していないと分かっているテーブルへ、カランコロンと革靴では絶対に出ない足音を鳴らして。
そして二ヶ月もしないで学校中が理解した。
この東洋人は奇人だと。
まず授業に出ない。
教授や監督生が探しても何処にもいないのだ。
おまけに、食事をしに大広間へ来ない。
城の何処かで野垂れ死んでいるんじゃないかと噂が立つほど、誰もキモトの姿を見た者はいなかった。
約二名を除いて。
一人はグリフィンドールのハグリット。
そしてもう一人が、なぜか僕だった。
スリザリン生である僕なのに、なぜかキモトの姿をよく見た。
移動教室で外に出れば木の上で寝ているし、図書館へ行けば本を枕にして寝ている。
いつ見ても寝ているキモトに心底あきれ、こんなに見つかりやすい所にいるのに見つからないと騒いでいる奴らへため息が出た。
見かねて一度だけ声をかけた。
これが、僕の運の尽きだった。
「キクオ・キモト」
「・・・あ?」
寝ぼけた目と間抜けな声で顔を上げてきた。
こいつ本当に同い年か?
「いい加減授業に出ろ。先生を困らせるな」
目を擦っているそいつに優等生らしく言えば、
「思ってもない事を」
あくびをしながら呟いて、僕の横を通り過ぎていく。
一瞬で頭に血が上り、杖を構えて呼び止める。
「待て!どこに行く!!」
「あ?授業だろ」
「、は?」
呆気に取られていれば、クツッと喉の奥で小さく笑って歩き出す。
「優等生なんざつまらん。辞めちまえ」
そう言って消えて行った。
後から聞いた話によると、キモトは本当に授業に出ていたらしい。
それに驚いた先生がどういう風の吹き回しだと問えば、
『誰か知らんが、授業に行けと言われた』
そう答えたようで、それは誰だと探した結果、僕だと判明してしまったのだ。
以降、キモトの捜索は僕に一任される事となった。
不愉快だと断ったが、見つけられたのは君が初めてなんだと押し付けられた。
最悪だ。
スリザリンは純血主義が多く、混血である僕はとても肩身が狭いと言うのに、あの奇人変人である東洋の猿(みんなが言っていた)の世話までしていたら今度こそ居場所がなくなる。
だと言うのに!またあの猿が居なくなったと先生たちが騒いで僕を呼びに来るなんて、最悪以外になんて言えばいいんだ。
「なんだ、またお前か」
木の上で、もう肌寒くなってきたと言うのに裸足でいるこいつは頭がおかしい。
「先生が探してる。授業に行け」
「授業か、あれはつまんねぇ」
「お前は何をしに入学してきたんだ!」
「そりゃおめぇ、友達作りにだろ」
こいつは本物のバカなのか?
「授業にもでない大広間にも来ない。そんな奴と友達になろうなんて奴いる訳ないだろ!」
「そうとも限らねぇよ。もうだいぶできた」
「嘘つくな!」
「嘘じゃねぇさ。おかげで俺は毎日が楽しい」
お前はどうだと、片目を開けて聞かれ、口をつぐんでしまった。
「なんだ、友達の作り方知らねぇのか?」
「うるさい!とにかくそこから下りて教室へ行け!!」
「そう喚くな、耳が痛くてしょうがねぇ」
寝そべっていた枝からコロリと落ちてきたのには肝が冷えた。何かしなければと杖を出すが間に合わない。
このまま地面に激突すると思った瞬間、空中でクルリと回転して着地した。
「なっ、何を考えているんだ!?一歩間違えば大事故だぞ!!」
「大げさな」
クツクツ笑う姿がバカにされている様に思い、周囲がいつも言っている言葉を口にした。
「まるで猿だな!東洋の黄色い猿だ!!」
そのイラつく顔を怒りで歪めてみろと思ったが、思いとは裏腹に今度はニヤニヤと笑い出した。
「その調子だ。猫なんぞ被ってても楽しくあるめぇ」
「っ、早く行け!!」
「ヘイヘイ」
言いながら懐に手を入れたのを見て、杖でも出すのかと身構えたが出て来たのは木の板みたいな変なものだった。
「・・・なんだそれは」
「下駄だ」
その板についている太い紐のような部分に足を入れ、器用に歩き出す。
「革靴はないのか?」
「あんなもん、足が馬鹿になっちまう」
そう言って歩き出すが、すぐに止まって振り返った。
「お前、名前は」
「人に名を聞く時はまず自分からが基本だろ」
「俺の名前は知ってんだろ?」
「礼儀の問題だ」
「礼儀ねぇ」
含みのある言い方をした後、俺の名は木元菊夫。
菊夫がファーストネームだと言われた。
菊という花から取ったのだと言われ、渋々口を開く。
「トムだ。トム・マールヴォロ・リドル」
「トムか、良い名だ。覚えやすい」
じゃぁなトムと、後ろ手に手を振りながら消えて行った。