3月のライオン2(夢)
□5
1ページ/1ページ
そんな事があった夏の旅行明け、土産を持って会館へ顔を出すとすぐさま会長に絡まれた。
「隈〜!どうだったよ北海道旅行は!」
バシバシと叩かれる背中は無視して土産を渡す。
「楽しかったですよ」
かみさんの実家に行ってきたんだろと、結婚すると言ってもいないのに神宮寺の中では優と夫婦になる事が決定しているらしい。
「いいよなぁ!木重の作業場とか見せて貰ったか?!俺も見てェぜ!」
「は?」
「どうよ!もしかして秘蔵の作品が見れちゃったりしたか!?」
世に出ていないお宝に出会えたかと、いつもよりテンション高く見上げて来る会長に何のことだと首を傾げた。
「あ?北海道って、優くんの実家に行ってきたんだろ?」
「はい」
「なら、木重の家って事じゃねぇか」
「木重って、駒職人の木重ですか?」
「他に誰がいるんだよ」
その言葉に、優の実家を思い出す。
確かに、薪を積んでおく倉庫のような場所があった。
それも中は何か作業ができるように整えられていた。
しかし、優からも誰からもそんな話は聞いていない。
「その話、誰から聞いたんですか?」
「あ?『美咲』って店のママに美人の姪っこさんいたろ」
その子が優と友人で、家に遊びに行った時話していたらしいと言うのを聞いて手で額を抑える。
「・・・あれか」
使った形跡はないのに妙に使い勝手のいい駒と立派な盤、そして駒をしまう箱。
「やっぱりあったのか!」
「あったと言うか、・・・そうですね」
「なんだ?煮え切らねぇ言い方して」
「いえ、気にしないで下さい」
会長との会話もそこそこに、会館を出て優に電話を掛ける。
『はい』
「君のお爺さんは駒職人の木重なのか?」
『え、あ、はい』
肯定の返事にため息を吐いて目を閉じる。
「なら、俺が君の実家で使わせてもらったのは木重の作品だったんじゃないか?」
『はい』
あれは、お爺さんが優の為に作っていたモノなのだと言う。
「そんな大切なものを、」
『健吾さんに、使ってもらいたくて、』
「だが、」
『あれはっ、多分健吾さんのモノになる物ですから!』
「は?」
『私は健吾さん以外に渡したくないと言うか、』
「・・・」
『その、』
「今、家にいるのか?」
『は、はい』
「そっちに行く」
『へ!?』
そうしないと話しが伝わらない気がすると、電話を切って車に乗り込んだ。
現在、真っ赤になっている優と向かい合って座っている隈倉。
「それで?」
「そ、それで」
電話の続きを促すと、赤い顔を更に赤くして視線をさ迷わせ始めた。
「か、かなり恥ずかしい、話になるんですけど、」
「構わない」
「私が構うと言うかっ」
両手で顔を覆って下を向く。
「その、私昔からじいちゃんと一緒にテレビで対局を見ていまして」
「言っていたな」
「それ、それで、えっと、もしかしたら私が連れてくる人が将棋の出来る人かもしれないからと」
お爺さんが将来の旦那の為に作ったモノなのだと言う。
「じじじいちゃんも!自分の作品が飾られているだけって嫌な人で!なので使って欲しいと言ってましたし!わわ私としてもその方が嬉しいです!」
「・・・優」
「すみません!押し付けがましくてすみません!!」
「一緒に暮らさないか」
「すみま、ええ!!?」
驚いてこちらを見上げて来た優に笑いかけ、ゆっくりともう一度繰り返す。
「一緒に暮らさないか?」
「わ、私とっ、健吾さんがですか!?」
「ああ」
「で、でも!しょ、将棋が!」
「引越しなどはタイトル戦が終わってからになると思うが、考えてみてくれ」
「かかっか考えると言うか!なぜいきなり!!?」
「いきなりじゃない」
赤い顔で慌てている優に手を伸ばし、頭を撫でてから引き寄せた。
「一緒に住む前に、両親にも会ってもらいたい」
結婚して欲しいと真っ直ぐ見つめれば、泣きそうな顔をして固く目を閉じると下を向き、
「っ、はい」
消え入りそうな声で返事をする。
その答えを聞き、抱きしめてからキスをした。