3月のライオン2(夢)
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「な、なんか、すみません」
「気にするな」
「や、します」
隣町に買い物に来た優を見て、というか優の隣にいる隈倉を見て、行き付けになっている店のおばさん(おばあちゃん)たちが沸き上がったのだ。
「あんな事になるなんてっ」
優と一緒にやって来た隈倉に試食を渡して来たり、これも食べなさいと買ってもいない商品を渡して来たり。
その度に優が止めていたのだが、敵(おばちゃん)たちの数が多かった上に、向こうの押しが強かった。
今、車の中にはすでに食材がわんさか積まれている。
両手で顔を覆い下を向いている優に気にしていないと言ってはいるが、優は相当気にしているのか何を言っても聞いていないようだった。
落ち着かせようと手を伸ばし、短い黒髪を撫でつける。
「あれは好意として受け取っておけばいい。将棋を知っている人の中へ入れば、珍しい事でもない」
事実、タイトル戦などになって地方へ行けばこういう事はよくある事なのだ。
それを言えば、赤い顔から手をどけてこちらを見て来る。
「で、でも、今回はお休みと言うか、将棋は関係ないのに、」
「それもよくある事だ」
普通に生活をしていても声をかけられる。
だから気にするなと目を合わせて言えば、やっと落ち着いたのか小さく頷いた。
「俺としては、実家にカニを送れたのでそれでいい」
鮭とかも良いがあんなに大きな魚を捌ける人間が家にいないと、先ほど見た巨大な鮭を思い出して言えば優がクスリと笑った。
「あれは大きかったですね。私も早々見られないサイズでした」
笑う優の頭をもう一度撫でてシートベルトを締め直す。
「他には何を買う予定なんだ?」
「えっと、後は日用品なので、」
大きなスーパーは遠いので近場で済ませましょうと、優の案内の下買い物をしませて家へ戻った。
昼食は外食で済ませたが、帰って来てから優はずっと台所へ立ち何かを作っていた。
「多分、明日あたりから騒がしくなってしまうので」
「騒がしい?」
「かーくんたちが、」
「・・・ああ」
子供たちがお菓子を目当てに集まってくると言っていたのを思い出し、やくざと言って泣かれた事も思い出した。
「あ、天気がいい日に縁側で将棋を指したら気持ちいいですよ」
猫とかが勝手に入ってきますけど気にしないで下さいと言われ、この家は本当に自由だなと頷いた。
が、こんなのはまだ序の口だった。
次の日、天気も良かったので優の進め通り縁側で将棋を指していれば、
「やくざのおっちゃんが将棋してるー!」
「健吾さんはやくざじゃないって!」
「将棋とかじいちゃんみてぇ!」
「かーくん!」
海斗に怒っている優を眺め、鞄から持って来ていた棋譜を出して駒を並べだす。
「健吾さんの邪魔しちゃダメだよ?」
「邪魔なんかしねぇよ!」
だからなんかくれと優の後をついて回っている海斗を視界に入れ、庭の繁みからこちらを伺っている猫に気づくも集中しようと盤へ向った。
「ゆう!」
「カイト来てるー!?」
「また猫いるよー!」
この前も見た子供たちがワイワイと縁側から入って来ては優のいる家の奥へと入って行く。
昼前には一度いなくなったが、それぞれ自分の家で食事をしたのか昼過ぎにまたやって来た。
「みんなで川行ってくる!」
「あんまり深い所に行っちゃダメだよ?」
「うん!」
「おじさんたちには言ってきた?」
「行ってきまーす!」
「・・・言ってないのか?」
「みたいですね」
多分大丈夫だと思いますと苦笑して、庭を走り抜けていく子供たちの背中を見送る。
「うるさくてすみません。家の庭って山に行くにも川に行くにも丁度いい位置にあって、」
だから子供たちも猫もよく通るのだと言う。
それに頷いて、また台所へ引っ込んでいく優に気づき立ち上がる。
「また何か作るのか?」
「昨日準備をしていたプリンを焼こうかと思って」
開けた冷蔵庫の中には大量のプリンが見えた。
「このままではダメなのか?」
「ゼラチンを使っていないので、」
固まってないんですと器を持って見せて来る。
「おやつに出しますね」
その頃には子供たちも戻ってくると思うのでと言う優に、少し屈んで顔を近づけた。
「それは楽しみだ」
口を離して笑えば、どんどん赤くなって行く。
「また縁側にいる」
何かあったら呼んでくれと台所を出た。