ブリーチ2(夢)

□カナ62
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伊江村は自室に来ていた。

途中瞬歩を使っても良いかと尋ねれば、無言で頷いた華奈を見てため息をつく。
ビクッと肩を震わせて反応するのを見て、またため息をつきたくなったが、それは口から出る前に止めておいた。

今、華奈が考えている事が手に取るようにわかる。

部屋につき、預かった着物を脱衣所に置くと入口で立ち止まっている華奈を呼んでこちらに来させる。

「華奈七席、化粧を落としたいでしょう?汗もかいたようですし、お風呂に入ってきてください」
「っ、」

今にも泣き崩れてしまいそうに顔をクシャリと歪めて、頭だけを動かして頷くと大人しく脱衣カゴに脱いだ着物を入れて風呂場へ入って行った。

きっと、いや、絶対に、華奈は伊江村に嫌われたと思っている。

自分に触れてこないのは、もう触れるのも嫌だからで、こうやって風呂を進めてくれるのも卯ノ花の指示があったから。

この扉一枚隔てた向こう側で、世界の終わりを感じて絶望に侵食されているのだろう。

なんて馬鹿で、ああ愚かしい。

「華奈七席」
「、は、ぃっ」

これ以上嫌われない為に、出来るかぎりの返事を。しかし、華奈の声は詰まっていたし、搾り出すように苦しそうなものだった。

「・・・」

華奈は、もう伊江村が良いと決めてしまっている。
それは、これからも変わらないと言いきれる。
だが、伊江村がどうかは知らない。

華奈に、伊江村を縛るなどという考えは最初からなかった。

あったのは、自分は伊江村が好きだという想いのみ。


君は一人で居るときでも泣かないのか。
泣けないのか。

そして、壊れていくのか。


きっと、何回嫌いにならないと言っても、これからも変わらず華奈はその事に恐怖し続けるのだろう。
だってそれは、伊江村が、僕が君の世界である証拠。

「華奈七席」
「っはい」

身を固くして、小さく丸まっているのが見なくてもわかる。

「私が怒っていた理由は、分かっていただけましたか?」
「はい」

「中に入っても?」
「、はい」

風呂場に入れば、こちらに背を向け、やはり丸くなっている華奈がいた。
今は湯舟に浸っている小さな後頭部が見えるだけだが、

きっと、突き放しても華奈はそれを受け入れるだろう。

出ていけと、もう二度と目の前に現れるなと言っても、その命令に従うだろう。

ああ、なんて、なんて・・・、

カタカタと震えている細い肩に触れれば、ビクッと大きく揺れて、

「華奈さん」

どうか、分かって欲しい。

「もっと、自分を大切にしてください」

着物が濡れることなど気にせず、湯に浸かっている華奈を抱きしめて後頭部に口づけを。


君は僕を全てだという。

けれど、僕以外の者のためにも命をかける。

君は僕を世界だという。

僕は、君を唯一の住人だと思っている。

なんて、ああなんて、憎らしい。


「伊江村、さん?」
「っ」

体全てを使って、君は僕を好きだという。

僕以外いらないという。いうのに、いうのにっ、

「ごめ、ごめんなさいっ」
「それは、何に対する、謝罪ですか?」

華奈は振り返って伊江村に手を伸ばす。
その眼には涙が滲んでいて、今にもこぼれてしまいそうだった。

「も、もう危ないこと、しないですっ。伊江村さんの言うこと何でも聞きます!」

ああ、君が憎い。

「だからっ、えっ、えっ」

咽びながら顔を歪めて、

「な、泣かないでっ」

憎くて憎くて、愛おしい。

君以外の住人など僕の中にはいないのに、君は、それなのに君は簡単にその命をかける。
僕という世界を一人おいていこうとする。

誰もいなくなった世界ほど、虚しいものはないというのに。

「華奈さん」
「ごめっ、なざいっ」

泣きながらしがみついてくる華奈を抱きしめて、小さな頭を撫でる。


僕は君が愛おしいよ。

馬鹿みたいな所も愚かな所も、自分に厳しくて不器用な所も、全て愛せるよ。
だけど、だからこそ、許せないこともあるんだよ。

「伊、ごめっ」

縋り付いてくるこの熱が無くなる事だけは、どうか。

「分かっていただけたなら、もう良いですよ」

怒っていないと言って抱きしめる腕に力を入れれば、うわんうわんと安心したかのように大きな声を上げて泣きはじめる。

その姿は本当に子供そのもので、小さい。

なのに存在感は大きくて、

「伊江村さんっ」

愛さずにはいられない。


風呂から上がってすぐに寝てしまった華奈に自分の着流しを着せて部屋を出た。

部屋を出た後、四番隊の隊首室へ向かっている途中で自分の着物が濡れている事に気がつき、ため息をこぼす。

どうやら自分が思っていた以上に冷静ではなかったらしい。
よくあのまま抱いてしまわなかったなと、変なところで自分に感心してしまった。

「失礼します」

もうすぐ終業時間だし、このままでいいかと投げやりな気持ちで卯ノ花がいるであろう部屋の扉を開けた。

「おお、来よったか」

そこには卯ノ花だけではなく、平子の姿もあった。

「マユリんとこからリストもろてきたねん」

ヒラヒラと見せてくるそれは、あの捕まえた男から聞き出した共犯たちの名が記されている紙。
そこに名のある者達を今日中に捕まえるという事を話し合っていたらしい。

「まっ、レイプみたいんは未遂やったんやから、良かったわ」

そんな事を言いながらソファーの背もたれによりかかり、こちらを振り返りながら口角をあげる。

「にしても、お前も真面目なやっちゃ」
「は?」

「華奈おいて来て、良かったんか?」

乱れてはいないが、濡れている着物。
それに、駆け付けた時に伊江村がいない理由を聞いたならなおさら。
今の華奈から離れていいのかと問う。

「今は寝ていますので」

だが、起きたとき伊江村の姿が無ければ確実にまた不安定になるだろう。
その事は言わなかったが、卯ノ花はこちらの事はいいから華奈の側にいてあげなさいと笑う。
素直にありがとうございますと頭を下げて部屋を出て行った。

「あんたも、華奈には甘いなぁ」
「そうでしょうか」

四番隊隊長は、優しい微笑みを絶やさない。

「一番効く処方箋を、与えただけだと思っていますが?」
「まだ終業時間ちゃうで?」

「伊江村三席は真面目な方ですから」

仕事を溜めていないし、数日休んでも問題はないと言うのを聞いて、

「そない酷かったんか」

眉間にシワを入れた。

平子はその眼で華奈を見ていない。ただ、とても怯えていたという事は聞いていた。

「あいつが怒ったいうんも、あんま信じられへんのやけどなぁ?」

今見たかぎりじゃそんな風にも見えなかったと、もう閉まっている扉を見る。

「華奈七席にとって、伊江村三席からの拒絶ほど恐ろしい事はないのでしょう」

卯ノ花は机に肘をつき、指を組んで顎をのせた。

「ですが、今回のは拒絶ではありませんし、二人にとって乗り越えなければならない事でした」

それが無事解決できれば二人の絆はさらに深まるだろうと、嬉しそうに笑ってみせる。

「そない応援しとるんか」
「ええ、早く二人の子供が見たいほどに」

「・・・ほーか」

気の早いこっちゃと、背もたれに切り揃えられた髪を散らして天井を仰ぎ見た。

少し伊江村に同情しながら。
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