ブリーチ2(夢)
□カナ51
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「松本!いい加減にしろ!!」
「そんな怒んないで下さいよ。もー、隊長ってば」
乱菊は糸の先に五円玉をくくりつけた物を持ち、「あー!」と声を上げる。
「さっきから遊んでばっかじゃねぇか!」
「遊びじゃないですよ!実験です!」
紐を持っている反対側の手には、催眠術と書かれた本が一冊。
「ちゃんと見てくださいよ」
「やってられるか!」
とっとと終わらせて昼寝をするんだと机にかじりつく日番谷に、つまらないとため息をついていれば、
「失礼しまーす!」
トタトタと足音を鳴らして二人の少女が顔を出す。
「乱ちゃん!遊びに来たよー!」
「ついでに書類も持ってきました!」
お願いしますと紙の束を机の端に置けば、乱菊に肩を掴まれてソファーに座らされた。
「調度いい所に来たわ!華奈!これをよく見て!」
「?」
目の前でゆっくり揺れる振り子に、華奈の眼が次第にトロンとしていく。
「そのままゆっくり眼を閉じて」
乱菊の言葉に従って眼を閉じていく華奈に、やちるは興味津々。日番谷にいたっては机に肘をついてため息を零していた。
「やっぱり!華奈なら掛かってくれると思ったわ!」
嬉しそうに笑いながら本のページをめくって行き、何を聞こうかと考え出す。
「松本、あんま変な事言うんじゃねぇぞ」
「分かってますよー」
そう答えてから、そうだと華奈を見る。
「あなたが一番懐かしいと思う景色を思い浮かべてみましょう」
それは本に書かれている一文で、乱菊は何も考えずに選んだものだった。
「思い浮かべましたか?」
「はい」
「それはどこですか?」
「山の中」
山の、奥の奥のずっと奥。深い深い森の中にある、小さな一軒の小屋。
「じいちゃんと住んでた家」
「じいちゃん?」
「華奈ちんは死神の学校に入るまでずっとそのおじいちゃんと二人で森の中にいたんだよ!」
「へー!」
それは知らなかったと乱菊がやちるを見た後、華奈に顔を向け直す。
「そこであなたは何をしていますか?」
「これは元柳斎殿」
「狛村か、丁度よい所で会った」
これから茶をたてるから来ぬかと聞かれ、狛村は頷きを返す。そして、
「ふむ、日番谷も誘うか」
そう言って十番隊の扉を開けた。
「じいちゃん!」
途端、腹に軽い衝撃と共に小さな熱が、
「どこ行ってたんだ?ゴン太と散歩か?」
「・・・ゴン太?」
自分の腹に抱き着いて来てよく分からない事を言ってくる華奈を見下ろし、部屋の中を見回せば呆然とこちらを見ている乱菊と日番谷、笑っているやちるの姿。
場所は変わって一番隊の隊主室。
「なるほど」
話しを聞いた山本は、自分の隣で袖を握りながら笑っている華奈を見る。
「こいつらじいちゃんの客か?ここに人が来るなんて初めてだな!」
「、華奈!総隊長を“じいちゃん”呼ぶな!」
「?」
首を傾げて来る華奈をヒヤヒヤしながら見ている射場。
狛村を探しに来たため居合わせたのだ。
「じいちゃん、今日は稽古ないのか?」
客と話しがあるなら出来ないなと、少し後ろにいた狛村の肩に上り、
「ゴン太と川で魚捕ってきていいか?」
「華奈ー!」
お前隊長に何しとんじゃい!と射場が騒ぐが、狛村は肩に乗って自分の頭に抱き着いている華奈を見て、少し考える。
「もしや、この者が飼っていたという熊では?」
「華奈ちん前言ってたね!」
狛村ほどある大きな熊を飼っていたと。それを聞いて、山本は顎に手を当てて考える。
「華奈」
「ん?」
「稽古とは、なんの稽古じゃ?」
聞けば、華奈は狛村の肩から山本を見下ろして首を傾げた。
「さっき破道と縛道の練習したから、今度は剣術だろ?」
その言葉に、部屋にいた者たちはみんな眼を見開いて息を呑む。
「三十番代までだったら永唱破棄できるようになったって褒めてくれたばっかじゃんか」
笑う華奈に、「そうじゃったな」と返して乱菊を振り返る。
「これは、何年前の記憶じゃ」
「そ、それは、わかりません」
華奈が懐かしいと思ったのが、いったいどれだけ前なのか。
「少なくとも、六十年以上は前のはずだ」
日番谷が眉間にシワを入れて華奈を見上げる。華奈が護挺十三隊に入隊したのが六十年前。
その前に真央霊術院に入学し、卒業する数年を合わせると、
「・・・華奈、さっきワシに褒められた術をもう一度やってみぃ」
「わかった!」
狛村の肩からピョンとおりて、周りを見回す。誰もいない部屋の隅で窓を開け、そして、
「破道の三十三、蒼火墜」
それは紛れもなく、死神が使う技だった。
窓から手を引っ込めている華奈に近づき、山本は小さな頭に手をおく。
「次は剣術を見てやろう」
頭を撫でられている事に喜び、華奈は笑顔を深めて抱き着いてきた。
「もう一度じゃ」
「うおぉぉぉ!!」
カンカンカンと木刀で打ち合い、何度と無く山本へ向かっていく華奈。
それはとても素早く、洗礼されていて、
「なんだこりゃっ」
日番谷は眼を見開いて華奈を見ていた。いや、日番谷だけではない。みんなが、だ。
山本は手を止め、
「華奈、そこへ座れ」
首を傾げながらも、華奈は言われた通りに座る。
「刀を膝へ」
黒三頭を置き、座刀を始める。
「華奈、どこまで刀と心を通わせとる」
「なんか、今日のじいちゃんは変だな?」
そんなの毎日やってるから知ってるじゃないかと、華奈は山本を見上げ、
「黒三頭」
「グルルル」
「お前も変だな、なに怒ってんだ?」
華奈は巨大な犬へ手を伸ばして撫でる。
「頭が、三つっ」
真っ黒な、頭が三つついている巨大な犬を自分の側に伏せさせ、
「じいちゃん、黒三頭も機嫌悪いし、卍開の練習は今日は無しか?」
見上げる山本が口を開こうとすると、犬が伏せた体勢のまま鋭い牙をむき出しにして鼻面にシワを入れた。
「黒三頭」
呼べば姿を消し、ただの刀へ戻った黒三頭を見つめて首を傾げ、
「どうしたんだ?いつもじいちゃんには牙見せたりしないのに」
今日はみんな変だなと、苦笑したように山本へ駆け寄り抱き着く。
純粋に、無垢な笑顔を向けて、
「じいちゃん」
あなたが私の世界だと、見上げて来る。
頭に手を乗せれば、嬉しいと、幸せだと、体全てを使って示してきた。
「・・・この者の祖父は、」
「すでに、故人だと・・・」
山本は考え事をしているかのように髭を触り、もう一度華奈の頭を撫でる。
「松本副隊長」
「は、はい!」
「その催眠術とやらで、記憶を少し進められぬか」
知るなら、今しかない。
この小さな少女がいかにしてこの大きすぎる力を使わなくなったのか。
何を考えているのか。
知る必要がある。
それは、今後のために。
乱菊は少し戸惑ったが、「はい」と小さく返事をした。
一度虚ろな顔になった後、狛村の膝へ顔を埋めてしがみつく。
とても小さくて、弱々しかった。
「ゴン太、元気になったらまた川に行こう、な?」
そしたらお前の好きな魚をいくらでも捕ってやるからと、遊ぶのに夢中になってもう邪魔したりしないからと。
「死ぬなよ」
射場と狛村はハッとして華奈を見る。
以前聞かされた話しを思い出したのだ。
熊が先に死に、その次に祖父が死に、その時霊術院の事を聞いたと。
「じいちゃん、ゴン太、死なないよなっ」
狛村の袴をさらに強く握って、離さないというようにしがみつく。
その姿が、痛々しかった。
少しして、狛村から離れると山本へしがみつき、その腹へ顔を埋め、
「じいちゃんも、いつか死ぬのか?」
それは、とても辛い現実だった。
じいちゃん、じいちゃん、
あなたが私の世界だと、縋るその背中は小さかった。
「死ぬなんて、言うなよぉっ」
世界が、少女を置いて動き出す。