ブリーチ(夢)

□カナ29
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就業時間、四番隊の執務室の扉が勢いよく開けられ、元気の良い声が響き渡った。

「花太郎!迎えに来たぞ!!」

しかし、花太郎の姿はない。

「・・・山田七席なら、今救護詰所に行っています」
「あ、伊江村三席!」

嬉しそうに見上げながら近づいて行く。

「そっかぁ、じゃぁここで待たせてもらってもいいですか?邪魔にならないように大人しくしてるんで」

「それなら、構いませんよ」
「ありがとうございます!」

嬉しそうに笑って、華奈はソファーの端に腰掛ける。執務室内にいる隊員たちは就業時間に合わせて帰る者、残業のために残る者に別れていく。

「伊江村三席は残業ですか?」
「えぇ。今回の件で、色々とやらねばならない事が増えてしまったので」

そう言うと、華奈は立ち上がって伊江村の席に近づいていく。

「花太郎が帰ってくるまで手伝いますよ!」
「・・・はい?」

顔を上げて華奈を見れば、子供のように笑っていた。

「ここで待たせてもらってるお礼です!それに何もしないで待つのって苦手で」

ははっと頭をかいて、手始めにと急須が置いてある棚を指差す。

「お茶でも入れましょうか?」

それから花太郎を待つ間、伊江村が書類を作り、作ったまま放置されていた書類を華奈が整理していく。
キビキビと動いて書類を整理していく姿は、見ていて気持ちが良くなるものだった。

「・・・華奈七席は、」
「はい?」

「あ、いえ。書類整理などは、いつもされているのですか?」

十一番隊は基本的に戦闘専門部隊。
書類などの事務的な仕事を進んでこなすような部隊ではない。だから結構他隊に迷惑をかけたりしている。

「うちのみんなっていっつも書類溜めるだけ溜めちゃって、」

苦笑しながら頭をかくが、手はとめない。

「弓、あーと、五席とかが言って初めて手をつける見たいな感じなんで、せめて私くらいは出来るだけ溜めないようにしようと思って」

だから、いつの間にか出来るようになってましたと笑う。

「そうなんですか」
「最初の頃は書類の見分け方も分かりませんでしたからねぇ!これでも進歩したんですよ!」

砕けたように笑って、無邪気な笑顔を見せて来る。

「八番隊の八席が私と友達で」
「?」

「事務作業とかが得意なんです。だから、かなりお世話になりましたね!」

八番隊八席、楓。その顔を思い出して口を開く。

「そう言えば、今日華奈七席が来た後、技術開発局の方と来ましたね」

それを聞いて、華奈は嬉しそうに顔を向けて来る。

「その技局の子も友達で、学生の時から花太郎と一緒にいたんですよ!」

いい子ですよと笑顔を向けて来る華奈に、少し顔を逸らす。

「山田七席とは、そんなに前からお付き合いをしていたんですか」
「お付き合い?」

首を傾げると、タイミング良く扉が開いた。

「あ、華奈さん!すみません、お待たせしました!!」

入ってきたのは花太郎で、華奈は花太郎を振り返りながら笑う。

「全然待ってないよ!伊江村三席が話相手になっててくれたから!」

目を見開いて、花太郎は伊江村に向き直って頭を下げる。

「あ、ありがとうございました」

自分のことでもないのに頭を下げてお礼を言ってくる花太郎に、心のどこかで苛立ちにも似た何かか沸いてきた。

「気にしなくて結構です。こちらも大分助かりましたので」
「おぉ!褒められた!」

口角をこれでもかと上げて笑うその顔は、とても幼く見える。
二人で頭を下げて、華奈にいたっては手を振りながら執務室を出て行った。

「・・・」

敵わない。

一緒にいた時間も理解している事も、信頼も。
目を閉じて浮かんでくるのはあの時の目。

重傷にも関わらず起き上がり、床に手をついて頭を下げた華奈が頭から離れない。

『四番隊第七席、山田花太郎以外から治療を受ける気はありません』

たとえ、それで死んでも構わないと言ったあの時の目が、まっすぐで強くて、目に焼き付いて離れない。


華奈の事を意識したのは、かなり早い段階からだった。

十一番隊に女隊士が入隊する事自体は別に珍しくない。入隊希望が無ければ霊術学院時の成績で振り分けられるのだ。
その後、移隊したりで女っ気が無くなるのだが。

だが華奈は、自ら進んで十一番隊に入隊した。当時は席官の間で噂になっていた。
いったいいつまで持つかと話している者もいたと記憶している。


その時は、そんな噂を耳にしても別に何も感じなかった。
しかし、いつまで経っても移隊したという話は聞かず、その新人隊士の話もいつの間にか聞かなくなっていた。


ある日、救護詰所に向かって歩いていたら聞こえてきた話し声。

「大丈夫ですか?!」
「へーきへーき!」

何の気なしに覗いてみたら、四番隊だと思われる隊員が座り込んでいる隊士に手をかしている所だった。

具合が悪いなら救護塔に運ばなければならないなと見ていれば、

「ちょっと、休みに来ただけだから!」
「、傷、手当てしますね?」

「ありがとうな、花太郎!」

座り込んでいる隊士が泣いている事に気がついた。

「訓練、大変そうですね・・・」
「大変だけどさっ、ちょっとずつ慣れて来てるって実感するし、」

花太郎と呼ばれた四番隊の隊員を見上げて、くしゃりと顔を歪める。

「ただ、悔しいだけだからっ、こんなの、すぐっ」

涙を流して、でも泣くのを我慢しているかのように力を入れて、眉間にシワを作る。

「僕も、もっと頑張りますね」
「?」

腕の傷を治しながら、

「もっと頑張って、どんな傷もすぐに治せるようになって、」

見つめ合う二人。

「華奈さんがまた頑張るのを、影ながらでも応援します」
「っ」

声を押し殺しながら泣いて袖で涙を拭っていた隊士が顔を上げた時には、もう笑っていた。

「私、いっつも怪我させられるんだけど、でも!そんなの気になんないんだ!」

幼さの残る顔で、白い歯を見せながら泣き腫らした赤い目元で、満面の笑みを浮かべる。

「怪我は花太郎が治してくれるから、そんなの気にしないで訓練に参加できるんだ!」

その後、その隊士が十一番隊に志願して入隊した者だと知った。

十一番隊は戦闘専門部隊。
したがって四番隊に運び込まれてくる率が一番高い隊でもある。
だが、その隊士を救護詰所で見たことはなかった。いや、入院している隊士を見舞いに来たり、救護詰所で四番隊の隊員に絡んでいる十一番隊士を止めたりしている姿は何度か見たことがあったのだが、患者として見たことがなかった。

また、あの強い目を思い出す。

見かけたことが無くて当たり前だったのだ。華奈が怪我をしたら、それを治すのは花太郎の役目。

他には誰もいない。

今までも、知らなかっただけで多くの怪我をして、悔しい思いをして、華奈はその度に花太郎にだけそれを打ち明けてきたのだろう。

「・・・ハァ」

気がついたらため息が出ていた。

「あー、幸せが逃げましたよ、今」

残業で残っていたらしい荻堂がからかうように伊江村の前にやってきた。

「華奈七席、元気になってよかったですね」
「・・・そうだな」

それだけ答えて、手元にある書類に目を向ける。応急処置しか受け付けず、気力と生命力のみで何とか生きていた華奈。

そして、脱獄した花太郎が間一髪間に合い、今はもう走り回っている。
本来ならまだ寝ていなければならないのだが、そこら辺は他の十一番隊の者たちと同じといった所だろうか。

机の端に置いてあった湯のみに手を伸ばして口をつけた。もうすっかり冷めてしまっているが、捨てる気にはならない。

「・・・」

それは華奈が煎れたお茶だから。
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