3月のライオン(夢)
□隈倉21
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「あ、ああの!隈倉さ、」
「家まで送って行く。君の家には消毒液などはあるのか?」
「あ、ありますけど!しょ、消毒はもうっ」
手を掴まれたまま引きずられるように歩き、止められたタクシーに押し込められる。
乗った時に運転手へ行き先を告げてから、隈倉はイラついたように口を閉ざしてしまった。
「っ」
そんな隈倉を見て何か言おうとしたが、気迫に負けてと言うか、どうしてこんな事になってしまったのか分からず口を閉じる。
隈倉はイラついているし、車内の沈黙は重いし、状況的には最悪な事この上ないのだが、
「、」
先ほどまで掴まれていた手首が熱い。
ついでに言うと顔も熱い。
『その“女扱い”を嬉しいって思うかよ。後は』
リエの言葉がよみがえるが、別に今は女扱いをされている訳ではない。
怪我をしていれば誰だって心配する。
おまけに今回は顔と言う、とても目立つ所にできた怪我だ。
隈倉の行動は何もおかしくない。
なのに、心臓はバクバクと音を上げて正常に動いてはくれなかった。
タクシーが優の家に止まり、隈倉も一緒に降りた。
また手を掴まれ、いつだったか病院から送ってもらった時のように部屋の前へたどり着く。
しかし、以前のように部屋の前で別れる事はなく、
「そ、その、汚いですけど、」
お礼にお茶でもと言って中へ入れば、扉を閉めたと同時に抱きしめられた。
「ふぁ!?!」
「その傷はどうした」
「ききききき傷!?あああ!な、なぐ」
「どこの誰に」
「そそ、それはちょっと!!し、知らない人で!!」
「君はどこの誰とも分からない奴に殴られたのか」
「ははははい!」
ドモリながらもこの傷がついた経緯を話せば、抱きしめる腕に力が入ってため息を吐かれた。
頭に頬を乗せられている状態に耐えられなくなり、というかなぜ自分がこんな事になっているのか分からなくなり、目をグルグル回しながら口を開く。
「あああの!実は私女なんです!」
「知っている」
「ですよね!ししし心配して頂いてあの!本当に嬉しいんですけど!!隈倉さんにあの!さわ、触られるとあの!心臓が、」
赤くなりながら叫んでいる優を振り向かせ、その口を塞いだ。
目を開ければ視界に入る赤い肌と、血の滲んでいる傷口。
苛立ちが強くなればなるほど、口づけの時間が長くなっていく。
口が離れた時、優はズルリと腕の中から滑り落ちて行った。
真っ赤になりながらこちらを見上げていたのか、目が合った。そして、
「ふ、」
赤い顔を隠す様に腕で頭を抱えて泣き出した。
声を押し殺して泣いている優を見て、頭に上っていた血が引いて行く。
「、優」
すまないと謝って手を伸ばすが、触れる事は出来なかった。
優の前にしゃがみ、拒絶されないギリギリまで近づいて落ち着くのを待つ。
「わ、私っ、お、女だって、い、言ったのにっ」
「ああ」
「おっ、男だと、思ってたから、やさ、優しく、」
「男だと思っていたらこんな事はしていない」
「っ、」
涙でぬれた目のまま顔を上げた優は、自分が落ち着くのを待ってくれている隈倉を見て固く目を閉じる。
閉じた目からまた涙が流れていくが、それは悲しいとか辛いという感情で流れていく涙ではなかった。
「く、まくらさんが、いると、う、上手くい、息ができなく、なって」
心臓がうるさいくらい存在を主張して来る。
その理由はスミスが教えてくれた。
店のみんなに背中を押されて、好きな人の話をしている一砂を見て、今、自分の言葉を口にするのを待ってくれている隈倉を見て、分からなかった自分の気持ちにやっと納得がいった。
「わた、私っ、く、隈倉さんがす、好きなんですっ」
リエが言った通りだった。
女扱いかは分からなくても、気に止めてくれたら、それを嬉しいと思ったらもう、ただの憧れとは違う気持ちになっていた。
いや、憧れではないと分かってしまった。
傷がある頬には触れないように顎をすくわれ、また降って来た口づけに先ほどのようなパニックは起こさずにすんだ。