3月のライオン(夢)

□隈倉20
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「隈〜!飲みに行くぞ!」
「またですか?」

「またとか言うな!今日はお前に美人を紹介してやる!」
「結構です」

「そう言うな!前に行った『美咲』って店あっただろ!」

あそこのママの姪っ子さんがすごい美人で、うちの棋士たちも何人か骨抜きにされているのだと嬉々として語ってくる神宮寺会長。

「宗谷じゃねぇけど、お前もいい年だろ」

嫁さんもらえと見上げてくる会長に視線をそらしてため息を吐いた。

「急ぐ事も無いと思いますよ」

頭に浮かんでいる人物に対して、思っている事を口に出す。

「んな事言ってっといつまでも独りでいる事になるぞ」

まったくと頭をかいて、とにかく飲みに行くからなと念を押された。

優が家に泊まったあの日から数日がたった。
こちらから連絡はしていないし、優からも連絡は来ていない。

「・・・」

焦る必要はない。
しかし、このまま関係を停滞させるつもりも無い。

明日にでも連絡をしてみようと、飲みに行くのを楽みにしている会長を見て今日は車で来なくてよかったとため息を吐いた。



いくら銀座と言えど、やはり飲み屋が集中している場所。

赤ら顔で女性の腕を掴んでいる男が一人。
そんな事も珍しくはない。

酒が入って気が大きくなっているのか、男の声が大きくなっていく。
それにも怯えた様子を見せない女性。
そんな二人の間に、

「ちょ、待ってください!」

一人の若者が飛び出してきた。


「大丈夫!?」
「ははは、大丈夫ですよ。このくらい」

「もうっ、無茶するわ」

バー『美咲』。
そこのカウンターで頬の傷を手当てされている優と、消毒をしているあかり。

「まさか、優くんがあかりと知り合いだったなんて」

世間は狭いわねと、美咲が使い終わった脱脂綿やピンセットを片付けながら苦笑した。

「大丈夫かしたら。痕が残ったりしたら大変だわ」
「残りませんよこのくらい」

残っても気にしませんしと笑う優に、あかりも美咲も真剣な顔をして詰め寄ってくる。

「ダメ!優くんだって女の子なんだから!」
「こんなに綺麗な顔に何かあったらもったいないわ!」

「キレイでは、ははは」

苦笑し、手当てをしてくれたあかりにお礼を言って首を傾げた。

「ありがとう、さっきの人大丈夫だったかな」
「大丈夫よ。知り合いのお店の子だったから、あたしが声をかけとくわ」

「そうですか。ありがとうございます」

一砂、スミスに誘われて『美咲』へ来る約束をした優だったが、二人は少し遅れてくるという事で先に店へ向った。
その途中、酔っ払いが女性に手を上げている場面に出くわしてしまったのだ。

「でも、大きな怪我にならなくて本当によかった」

安心したように見上げてくるあかりに笑い返して、ありがとうと礼を言う。

女性と酔っ払いの間に体を入れた時、男の拳が優の顔にヒットした。
それを見た女性が悲鳴をあげ、たまたま近くに居たあかりが駆けてきたのだ。

「あの子も、優くんにお礼言ってたわよ」
「いや〜、怪我がなくて何よりです」

こういう商売をしている女の人が顔に怪我をするのは辛いからと、痛々しい頬で笑って見せる。

そんな話をしていると、店の扉が開いて来客を知らせた。
約束をしていた二人が来たのかと優も顔をそちらに向ける。

「お、先に来てたか!」
「っておい!どうしたお前!!」

店に入って来て早々優の異変に気が付いた一砂とスミス。
驚いている二人に苦笑して事情を話していると、また扉が開いた。

「いらっしゃいませ」
「おーママ!また来たぜ!」

「神宮寺会長、いつもありがとうございます」

会長の大きな声につられて全員が入り口の方を向いた。
そして、会長の後ろにいる大きな人。

「く、くくくっ!?」

慌てて立ち上がった優に、隈倉の視線が動き出す。
それは会長もだったようで、

「お、また会ったな!」

明るく声をかけてくれたのだが、優はそれどころではなかった。

「ああああの!いい一砂さん!スミスさん!今日はあの!帰ります!!」
「は!?」

「ちょ、帰るにしても送ってくって!」
「だだだ大丈夫ですから!じゃじゃじゃじゃあ!!」

挙動不審になりながら会長と隈倉に挨拶をして出口へ向かう。
そのスピードはすさまじく早かったのだが、

「優」
「ぴっ!」

武道経験のある隈倉には簡単に捕まった。

「わわ私の事はお気になさらず!」

手を掴まれても振り返ろうとしない優だったが、隈倉が少し力を入れればすぐにこちらを向く事になる。

そして、その顔には血が滲んだあざ。

暖房が壊れているのかと思うほど、店の中が涼しくなっていく。

「その傷はどうした」

そのたった一言で、隈倉の機嫌が急激に悪くなった事が分かった。
あの会長でさえ、隈倉に声をかけられないでいるのだから。

「なな、なんでも、ちょ、ちょっと、あの」

店の中はこんなにも寒いと言うのに、隈倉に掴まれている優は一人真っ赤になって汗をかいていた。そんな優を見下ろして、隈倉が口を開く。

「会長。今日は帰ります」

すみませんと一言残し、優を連れていなくなった。


隈倉と優のいなくなった店では、少しの沈黙が続いた後会長がスミスと一砂を振り返って首を傾げた。

「なんだ?隈の奴“優”くんと親しくなってたのか?」
「い、いや〜・・・」

「その、何と言いますか・・・」

二人は頬を染めながら視線をそらしてソワソワと言いよどむ。
そんな二人をよそに、美咲はまぁまぁと嬉しそうに手で口を押えながら目を輝かせていた。

「隈倉さんもすみに置けないわぁ」
「は?」

首を傾げ続ける神宮寺だが、あかりに促されて席に着く。
一砂とスミスも席に着き、実は優が女だった事を話した。
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