3月のライオン(夢)

□隈倉19
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「優くん?優く〜ん」

久しぶりにやって来たと思ったら定位置のカウンターへ座ってポケーっと宙を眺めている優にみんなが首を傾げてどうしたんだと囁き合う。

「ウィスキーで良いのか?」
「うん」

生返事しか返ってこなかったが、マスターはウィスキーの準備を始めた。

「優くんがなかなか来てくれなかったから淋しかったんだよ?」
「うん」

「お正月に私もホタテもらったんだぁ!ホタテフライ作ったの!今度優くんにも食べて欲しいな」
「うん」

「諦めろ。今は何を言っても聞いちゃいねぇよ」
「もーう!どうしちゃったの!?」

「馬鹿ねぇ」

リエが笑いながら優の隣に座り、頬杖をついて反対側にいるかおるを見た。

「優ちゃんに女の顔させるなんて、隈倉さん以外にいないでしょ?」
「「「「えー!!!?」」」」

従業員全員が声を上げて優の周りに集まってくる。

「うそうそ!優くんの純潔もうあげちゃったの!?」
「初めてがあんな大きな人だったら痛かったでしょ?」

「あたしが慰めてあげる!」
「傷ついた優くんを癒すのはあたしよ!」

よく分からない争いを起こしている女たちは放置で、マスターは優の前にウィスキーの入ったグラスを置いてため息を吐いた。

「うるせぇ奴らだ」
「だって優ちゃんの一大イベントよ?」

「勝手に言われてんぞ」

止めなくていいのかと、グラスをいじっている優を見た。

「何でこんなに逃げ出したい気持ちになるんだろ」

呟いて、両手で握ったグラスの淵を親指でなぞって行く。

「なに?怖くなって逃げちゃったの?」

リエに聞かれ、つい先日あった事を話して聞かせた。
話している間も、優の心はここに非ずといった感じだったが。

「なにそれ!それで何もなかったの!?」
「うん」

「ヘタレ!?」
「男らしいのは見た目だけ!?」

「って言うか、じゃぁもう隈倉さんって優くんが女って分かってるんだ」
「あれ」

「だって、そこまで近づいたらさすがに分かるわよね?」

おまけに体に触ってたならとリエが言う。

「優くんが女だって分かってて何もなかったって事!?」
「びっくりしてそこまで頭回ってなかったんじゃない?」

「もしくは本気か、だな」
「「「「は!!!?」」」」

その一言にみんなが目を見開いて食いついて来たが、マスターは優にしか目を合わせなかった。

「そこまできて男が何もしねぇって、本気か、それこそ眼中にねぇかだろ」

優は家にまで呼ばれ、土産を貰い、泊まって行けとまで言われている。それも隈倉本人から。

「なら、本気だから何もしなかったって事だろ」

みんなが不満の声を上げる中、優は涙目で下を向いていた。

「ねぇ優ちゃん」

そんな優に、リエが優しく声をかける。

「優ちゃんは、隈倉さんにそこまでされて何も思わなかったの?」

前は握手できたって、偶然会ったって喜んでたのにと聞かれて言葉に詰まった。

「わか、ない」

髪を耳にかける様に撫でられた事が無い。
こちらが焦っている時も、ゆっくりと待っていてもらった事がない。
そもそも、あんな風に焦ってしまう事が無い。

「優ちゃんはきっと、初めて“女扱い”されて戸惑ってるのよ」
「?」

「優くんって、昔からみんなにカッコいいって言われてきたんでしょ?」

女だと分かっていても、その性格や言動から女として接するよりも男として見てしまう事が多くなる。

「その“女扱い”を嬉しいって思うかどうかよ。後は」
「嬉しい?」

「優くんが誰かのものになっちゃうなんて、あたしはどうすればいいのよ〜!」

嘆くかおるにみんなも賛同するが、優はまだグラスを見つめていた。

「嬉しい・・・」

明け方、目が覚めたら眠っている隈倉が居た。
それに驚いて、起こさないように布団から抜けだそうとした時、腰に腕を回して引き寄せられた。

意味が分からなくて心臓はバクバクして、本当に死んでしまいそうだった。

これが一砂やスミスなら、起こせただろう。
自分から力を入れて離れられただろう。

だが、隈倉が相手の時はそれが出来なかった。

その理由の何処かに、嬉しいという気持ちがあったからだろうか。

「・・・嬉しかった、のかな?」

自分の気持ちが分からない。
また隈倉に会えば、何か分かるだろうか。

手の熱ですっかり温くなってしまったウィスキーを流し込んだ。
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