3月のライオン(夢)
□隈倉19
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朝、目が覚めると目の前に優が居た。
「おば、おばようございまず」
真っ赤になったまま体を小さくし、なぜか息を止めている様に思う。
状況が全く飲み込めないながらに、自分の腕が優の腰に回っている事に気が付いて体を起こした。
お互い服は着ている。
それに安堵して周りを見回せば、寝ていたのが客間である事がわかった。
「ホントッ、いっそ隈倉さんの手で殺してくださいっ」
うつ伏せになって泣きながら謝罪してくる優の言葉を聞き、なぜこうなったかを思い出す。
昨晩、お互い相当な量の酒を飲んで優が先に潰れたのだ。
テーブルの上は潰れる前に優が片付けていたので特にすることもなく、布団を敷いて運ぼうとしたが、そのまま引きずられて眠ってしまったらしい。
「生まれる前からやりなおしたいです」
「そこまで遡らなくてもいいと思うが?」
うつ伏せのまま腕に顔を埋めている優の後頭部を撫でて話いかければ、大げさな程ビクッと肩を跳ねあがらせて距離を取られた。
「・・・」
「わわわわたし!あああの!もうどうしたらいいのかっ」
「別に何かあった訳じゃない」
「そそそうですけど!隈倉さんにいつもご迷惑ばかりかけてしまって!!」
「迷惑だと思ったことはない」
「でも!」
ゆっくりと、開けられた距離を詰めていく。
驚かせないように、怖がらせないように。
「泊まって行けばいいと言ったのは俺だ。酔っている君に飲ませたのも俺だ」
「ででもっ、のの飲んだのは私でっ、先に寝てしまったのも私で!」
小さくなりながら自分を悪く言い続ける言葉を聞き、落ち着かせるように頭へ手を置く。
「これは失敗に入らないと思うが?」
「し、失敗というか、失態と言うか、そ、そうじゃなくて、」
固く目を閉じて下を向く。
「く、隈倉さんに嫌われる事は、したくなくて、」
「・・・」
優が向けてくる感情の中に“憧れ”というものが無ければよかった。
“憧れ”などという幻想まがいの気持ちなど、捨ててしまえばいい。
そうすれば、別の方法で君を慰める事も出来たのに。
「俺は、君を嫌いにはならない」
きっと、嫌いにはなれない。
優が向けてくる感情がずっと“憧れ”のままでも、嫌いにはなれないだろう。
「食事にしよう。腹が減った」
何か作ると立ち上がろうとすれば、その手を引いて止められた。
「わ、私が何か作ります!」
見下ろし、引かれた手を引き返して立ち上がる。
「それは楽しみだ」
昨日の料理も美味かったと、実際はほとんど変わっていない顔に表情を付けて言えば優の頬が染まって行く。
「も、もったいない、お言葉です」
優の作った遅めの朝食はとても美味しかった。