3月のライオン(夢)

□隈倉15
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頭がガンガンする。

二日酔いと言う訳ではないのに胸が苦しい。

「・・・ぅ」

うつ伏せで枕を抱きしめ、顔を埋める。
そうすれば浮かんでくる昨日の情景。

「っ」

隈倉に頭を撫でられた。

それは何回かあった事だが、髪を耳にかけるような仕草は初めてだった。それも、

『家まで送って行こうか?』

「うわあぁぁぁ!!」

枕に顔を埋めたまま叫んで、埃が舞おうがお構いなしに足をばたつかせる。

思い出しただけでも顔が赤くなるのはどうしたら良いのか。

あんなセリフの何に照れる要素があるのだろうか。

自分だって飲んだ相手が居たら言っているセリフだ。
なのに、隈倉に言われたというだけでなぜこんなに恥ずかしいのか。

「〜〜〜っ」

分からない。顔が熱いのは分かる。
隈倉の事を思い出すと心臓が痛いくらいドキドキするのも分かる。だが、

「、・・・」

泣きそうになりながら枕に顔を強く押し付けた。

隈倉の事を考えるとなんでこんな風になってしまうのか分からない。

幸せなのに辛い。
会えたら嬉しいのに喜び切れない。
前はあんなに、握手してもらっただけで、会っただけで嬉しくて幸せだったのに。

なぜ泣きたくなっているのかも分からない。

そんな訳の分からない気持ちに翻弄される訳にはいかないと、仕事をするために立ち上がった。


「あれ優じゃね?」
「お、本当だ!」

スミスが示す方を見て、一砂も声を上げる。
それにつられて、他にもいた棋士仲間たちが顔を上げた。

「お気遣い天然タラシの“優”くんか!?」
「どれどれ?!」

「あれですよ。あの頭出てる奴」
「でか!!」

「どこの王子様だよ!」

騒ぎだすみんなに苦笑しながら、スミスはポケットに手を突っ込んだまま首を傾げた。

「あいつなんかフラ付いてね?」
「あ、ああ。というか顔色おかしくないか?」

「一砂君もそう思う?」
「思う」

どうしたんだと二人で首を傾げ合い、とりあえず声をかけてくるとみんなを振り返っていれば、

「きゃー!」
「!?」

さっきまで優がいた方から悲鳴とざわめきが聞こえてきた。
慌ててそちらを見れば、さっきまで頭が飛び出していたはずの優の姿はない。

「ちょっ」
「“優”くんが倒れたぞ!」

振り返っていたスミスと一砂は見ていなかったが、みんなは丁度優が倒れる瞬間を見たようだ。

みんなの言葉に慌てて走り出す。
騒ぎが起きている中心に入れば本当に優が倒れていて、

「「優!!」」

叫びながら倒れている優に触れる。
近くで見れば、顔色が悪い事が見間違いではないと分かった。

「救急車呼んだ方がいいか?!」

パニックを起こした頭が、一砂の一言で現実に引き戻される。

「タクシーで運ぼう!近くに病院あったろ!」
「捕まえてくる!!」

一砂がタクシーを捕まえる為に走って行く。
他のみんなも道を作ってくれていて、スミスは優の腕を掴んで首に回した。

「優!聞こえてるか!?」

今から病院へ連れて行くと聞こえていないかもしれない優に話しかけ続ける。

そして、ある事に気が付いた。

腰の細さ。
腕の柔らかさ。
男特有の重さが無い体。

「え、ちょ、え?」
「スミス!ここまで運べるか!?」

「おっ、おお!」

たった今分かってしまった事実にまた頭がパニックを起こし始めたが、どこか冷静な部分もあって、運ぶのを手伝おうとしているみんなの手から優を遠ざけた。

「みんなすまん!飯はまた今度な!!」

優が男だろうがそうじゃなかろうが、大切な存在である事に変わりはない。

一砂と三人でタクシーに乗り、病院へと向かいだす。

三人で飲んで、三人で騒いで、バカみたいに笑い合う。
あの空間はとても居心地がよかった。
これからも続けていきたいと思った。そこに性別などはなかった。

「一砂、病院着いたらちょっと話したい事が出来た」
「ん?」

こちらを見る一砂と目を合わせ、真剣な顔をして前に向き直る。

「まぁ、驚きはしたけど。そんなに悪い話しじゃないよ」

そう、悪い話しではない。これで三人の仲が悪くなるような、そんな事はない。

頭が冷静になって行く。

その度、今までの思い出がよみがえって行く。

「いやでも、よく気づかなかったな俺」
「?」

青い顔のまま目を閉じている優を見て盛大にため息を吐きながらシートへ深く倒れ込み、

「言わなきゃわかんねぇよ」
「??」

スミスの独り言に首を傾げ続ける一砂だが、病院についてから衝撃の事実を知らされ、大声を上げたせいで「魁生優子」と名札を付けた看護師にドロップキックを喰らったのはまた別のお話。
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