3月のライオン(夢)

□隈倉14
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優はこの日ドキドキしていた。

朝から何度も待ち合わせ時間を見直して、黙っている事が出来ず意味もなく部屋の掃除をしたりして待ち合わせ時間になるのを待っていた。

何度も時計を見て、何度も鏡の前に立った。

(だ、大丈夫だよね・・・?)

おしゃれすぎる服を着ないように、かといって普段着過ぎてもおかしい。
予約した店の雰囲気を思い出し、この服なら大丈夫だろうと唸り、悩みながらシャツとパンツ、コートを選らんだ。
そして何より、

「・・・」

チラッと紙袋を見て、うんうん唸る。

(大丈夫。外していない、・・・はず)

真剣な顔をして悩み続け、約束の時間になるまでそのままだった。


隈倉が約束の場所につくと、そこにはすでに優が居た。

それもなにやら真剣な顔をして姿勢よく立っている姿は、前に見た仕事をしている時のように凛々しい。

その姿に何人もの女性が振り返っている。

よろめいた所を助けた時に女だと気が付いたが、それも勘違いじゃないかと思う程優の外見は女性よりも男性的だった。しかし、

「悪いな。待たせてしまった」
「いいえ!待ってません!!」

全然!と勢いよく振り返って見せる焦った表情や、

「そうか。時間は大丈夫か?予約すると言っていたが」
「はい!ここからそんなに離れてませんから」

見せてくる笑顔。
気が付いてしまえば、女だと認めるしかない柔らかさがある。


二人で店へ向う途中、優の手元にある紙袋に気が付いた。

「買い物でもしていたのか?」

仕事は雑貨作りだと言っていたから仕事関係のものかと思い聞いてみたが、

「いやっ、は、ははは!なんでもないんです!お気になさらず!!」

「?」

空笑いを繰り返して、隈倉が歩いている反対側へ紙袋を持ちかえた。


優が選んだ店はそれぞれが個室になっていて、完全に区切られた空間になっている作りのこじゃれた居酒屋だった。
注文は部屋に備え付けられている伝目を使い、部屋は全部で五部屋しかないこじんまりした佇まい。

「君はいろんな店を知っているな」

前にお茶漬けを食べに行った時も、とても雰囲気のいい店だったし味もよかった。

「食べ歩きをしていた甲斐がありました」

照れ笑いのような苦笑を零して、優は隈倉の向に座る。
顔を上げた優と一瞬目が合ったが、すぐに反らされてしまう。

「・・・」

その横顔や耳が少しピンク色になっているのを見て、隈倉も目を反らす。
かゆくもないのに首の後ろに手をやって、優につられて自分の顔も赤くなっていないかを確かめた。

「そ、そうだ!ここ結構お酒の種類が豊富でっ」

自分はいつも日本酒を飲むのだが焼酎も沢山置いてあるのだとメニューを開いて見せて来る。

「料理はどんなのが好きですか?軟骨とかが嫌いでなければ鳥つくねとかお勧めですよ」

渡されたメニューを見ながら頬杖をつく。

「君はいつも何を食べるんだ?」
「私ですか?えっと、」

そこまで言って、メニューを見ながら赤くなっていく。

「いや、あの、お気になさらず・・・」

静止をかけるかのように片手を上げてこちらに向けてきた。

そんな優を見てから、メニューに目を戻す。

「・・・カニみその甲羅焼き」
「っ」

反応した優に顔を上げれば、真っ赤になった顔を両手で覆って下を向いていた。

「何も隠すことはないと思うが」
「だって!思いっきり飲む奴じゃないですか!いやっ、そうなんですけど!!」

「君が日本酒好きなのはすでに知っているが?」
「そうなんですけどっ!」

何で寄りにもよって隈倉さんにバレなきゃいけなかったんだと、赤い顔のままテーブルに突っ伏した。

その姿を見てスミスや一砂たちと楽しげにじゃれ合っていた場面を思い出し、メニューに目を戻す。
ピッピッと何品か適当に選びながら、優を視界に入れないよう務める。

「君は、俺と居ると休まらないようだな」
「休まらないと言うか、・・・緊張します」

体を起こしたのが気配で分かった。

「だって、いつもテレビとか雑誌で見てる人ですよ?その人と一緒に食事とか、一般人には荷が重いと言うか」
「・・・」

「それに、私は隈倉さんの事ずっと見てた訳ですから。その、・・・ちょっとでも良く思われたいって、背伸びもしますよ」
「していたのか?」

「・・・できてませんけど」

だからこんなに恥ずかしいんですよと、また顔を赤くして下を向く。

こうやって、照れながらも言葉にして伝えてくるからこそ、自分は優が良いのかもしれない。

「君が見ていたのは将棋を指している俺だろ?」

今はただ飲みに来た普通の一般人だと頬杖をついたままメニューを渡した。

「酒を飲むならそれなりに好みも似て来ると思うが」

他に頼みたいものがあれば追加してくれと差し出された伝目には、優がよく好んで食べているメニューが並んでいた。

「・・・隈倉さんって、すごくモテそうですね」
「残念ながら、今までの人生でそんな事は一度もなかったな」

「そうなんですか?」

優は首を傾げてから伝目へ向い、いつも飲んでいる日本酒を探し出す。

「そんなにかっこよかったらすぐ好きになっちゃうと思うんですけどねぇ」
「・・・」

「そうだ、生の大根とか嫌いじゃないですか?豆腐サラダも美味しいんですけど、大根サラダも美味しいですよ」
「・・・好きな方を頼むといい」

綺麗に盛り付けされたサラダの写真を見せて来る優にそう言って、肘をついていた方の手で口を隠す様に覆った。

(・・・分からない)

自分がこういった方面に鈍感なのは知っている。
しかし、経験が無い訳ではない。
その少ない経験の中から答えを導き出すのなら、優は自分を好きだが男としては見ていない。たが、

「あ、あの、それこそ今さらですけど、私本当によく食べますよ?」
「俺も食べる方だ。気にしなくていい」

「えっと、その、」

顔を赤らめて視線をさ迷わせ、照れたように目を合わせる。

「お勧めの焼酎ってありますか?」

男として見ていなくても、少しは脈があると思ってしまうのは自惚れだろうか。
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