3月のライオン(夢)
□隈倉8
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「こんにちは」
「あ、優ちゃん!」
「今ひなちゃんだけ?」
「そうなの、おねいちゃんは空き箱取りに行ってて、」
「そうなんだ。じゃぁこれ渡しといてもらっていい?」
「?」
「ケーキ、また作り過ぎちゃったから」
「優ちゃんのケーキ!」
「和菓子屋さんにケーキ持ってくるって言うのもアレだけどね」
「全くだぜ」
奥から出てきた祖父にひなたが口を開こうとするが、
「和菓子も好きなんで見逃してください」
「ま、こいつらも喜んでるしな」
良かったですと笑って、三日月堂名物の三日月焼きを買って爽やかに去って行った。
そして、戻ってきたあかりにひなたが大きな箱を差し出す。
「おねいちゃん!優ちゃんがケーキくれたよ!」
「わぁ!優くんのケーキ美味しいのよねぇ」
今日の夕飯の後にでも食べようと、そのまま冷蔵庫へ入れられた。
「キャッ」
「おっと」
高いヒールを履いた女性が、階段を踏み外して後ろに居た優に倒れかかって来た。
「大丈夫ですか?」
咄嗟に手摺りに捕まって共倒れは免れ、女性が足をくじいていないか確かめて手を離す。
「踵も折れてないみたいで、よかったです」
ニコリと笑えば、相手の女性は頬を染めてすみませんとありがとうを何度も言ってくるので、それを止めて手を差し出した。
「上までまだありますから、よかったら掴まってください。おしゃれも大変ですね」
そんな話をしながら階段を上りきった。
「それじゃぁ、」
「ね、今度銀座に来ることがあったらうちの店に顔出して」
サービスするわと、差し出された名刺には『美咲』と書かれた店名。
「必ずお伺いしますよ」
「楽しみに待ってるわね」
そう言ってお互い笑顔で別れた。
優はしばらく歩いて、一つの公園に入った。
中にあったベンチに座り、ケーキを入れた紙袋から三日月焼きを取り出して食べる。
(はぁ、やっぱり美味しいなぁ)
モグモグと、噛めば噛むほど口に広がっていく甘い幸せ。
その幸せに浸っていれば影がさし、
「ぶふぁあ!」
「大丈夫か」
「ゴホッグッ、ぐまぐらざん」
「喉に詰まったのなら何か飲み物を買って来るが」
「だ、大丈夫でず、んっ!大丈夫ですっ」
「・・・そうか」
ドンドン胸を叩いてどうにか落ち着き、出てきた涙を拭って見上げる。
自分も身長が高い自覚はある。
座っていてもしかりだ。
しかし、そんな自分よりもさらに高い頭上から見下ろされ、何かしてしまったんだろうかと考える。
そして、
「はっ、違います!無実です!」
「?」
「ここにいるのは知り合いの店が近くにあるからで!将棋会館が近いからじゃありません!」
「そうか」
「断じて、断じてストーカーまがいな事はしておりません!潔白です!!」
ここでやっと目の前の青年が何を言いたいのかわかり、隈倉は笑ってしまいそうになった。
「そんな事は心配していない」
「そ、そうですか。よかったぁ」
いくらファンでもして良い事と悪い事の区別はつけていますのでと、まだ小さな声で弁明している青年に、どうしても表情が緩んでしまう。
実際は何も変わっていないのだが。
「あ、今日はもう帰られるんですか?」
「ああ、欲しい資料もそろえられたからな」
「そうだったんですか。お疲れ様です」
「ああ」
返事をすれば、ニコニコと笑って見上げてくる。
その顔は中性的なのだが、笑うとどうも男に見えなくなってくる。
「今日は隈倉さんに会えてラッキーですね。やっぱりいい事はするに、・・・」
「?」
言葉の途中で固まった事に首を傾げると、バッと音が聞こえそうなほどの勢いで隣に置いていた紙袋をあさって箱を取り出した。
そして、恐る恐る蓋を開けていく。
「わちゃー、やっぱり」
箱から出て来たのは、形が崩れたワンホールのケーキ。
「転んだのか?」
「いえ、転びそうになった人を支えたんです」
これは持って行けないやと、これ以上形を崩さないようにそっと蓋を閉めた。
「今の時間ならまだ店も閉まってないだろ」
「あ、いえ。これ私が作ったので、」
「・・・ケーキを作れるのか」
「はい。食べるのが好きなので」
「・・・」
「?」
「そのケーキ、持って帰るだけなら貰ってもいいか?」
「へ?」
目を見開いて見上げて来た。
この顔は自分のものと違ってよく表情が変わる。
驚けば驚いた顔になるし、何かを食べれば幸せそうな顔になる。
「いや、ちょ、知り合いにも上げられないケーキを隈倉さんに渡すのはかなりの抵抗がっ」
「俺がいいと言っていてもか?」
「そ、ですけど、あ!近くに美味しいプリン屋さんがあるんで!そこでっ」
「プリンよりケーキがいい」
「、〜〜〜〜っ」
そんなに何かあるのか、ものすごい葛藤しているらしい。
眉間に皺を寄せて崩れたケーキが入っている箱を睨みだした。
「素人が作ったケーキですよ?おまけに形が崩れた。箱の中で箱にダイブしたケーキですよ?」
「味に変わりはないだろう」
「味は変わらなくても、目で楽しむってあるじゃないですか」
「資料を読む片手間に食べるから気にしない」
「・・・そうですか」
万策尽きたのか、渋々箱を袋に戻し、こちらに差し出してくる。
「あの、言い訳させてください」
「?」
「隈倉さんに渡すと思ってたらもっと気合い入れて作りました」
「・・・そうか」
あまりのしょげ具合に、悪い事をしてしまったような気分になる。
更に言うと、自分がこの青年を怒ったように思えてくる。
立ち上がったらさほど下にある訳ではない頭は、座っている今胸より下にある。
それは手を置くのに調度いい位置だった。
「!」
「・・・」
頭に手を置けば、下を向いていた顔を上げた。
そして、驚いた顔をした後色が赤くなっていき、先ほど何かの菓子を食べていた時のような顔になる。
「ケーキ、ありがとう」
礼を言って、公園を後にした。