3月のライオン(夢)

□隈倉7
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第六十七回名人戦は宗谷と隈倉との対決となり、隈倉の投了という結果で幕を引いた。

「残念だったな」
「そうですね」

いつものように飲みに来た優に、マスターが笑いかけながらウイスキーを差し出す。

「宗谷名人は強いですね、もう二回も隈倉さんから名人の座を守ってますよ」

クピリと飲みこんで、カウンターに頬杖を突きながら朗らかに笑う。

「隈倉さんかっこよかったなぁ」
「優ちゃんって、隈倉さんが負けても悔しがったり泣いたりしないわよね」

「それは隈倉さんしかしちゃダメだと思ってますから」

頑張ったのは本人で、周りじゃない。

悔しいとは思う。
泣き叫びたいくらい悲しい。

でもそれは表に出さないでしまっておく。

「いいなぁ、好きな人の姿は負けてもかっこいいと思うなんて」
「負けてもっていうか、戦ってるところかな?」

名人と呼ばれ、将棋の世界で神様の子供と呼ばれているその人と、正面切ってぶつかり合う。

「カッコいいよね」

ニコリと笑えば、横から二人が抱きついてきた。そして、

「優っ、お前って奴はっ」
「そんなに隈倉さんの事がっ」

「二人も飲みに来たんですか?」
「お前が落ち込んでんじゃねぇかって心配で見に来たんだよ!」

「なのにっ、優っ、優ー!」

ガバッと泣きながら抱きついて来た一砂に、笑いながらよしよしと頭を撫でる優。

「一砂さん!優くんにおさわり禁止!」
「セクハラで訴えますよ!」

「お前らが言えた立場かよ」
「あたしたちはいいの!」

マスターとのやり取りを見ていれば、一砂がグスンと鼻を鳴らしながら優から離れた。

「お前細いなぁ、そこら辺の女よりも細いぞ」
「結構食うのにな」

「その分動いてますからね。体も頭も」

家と職場が一緒だからいつもフル稼働みたいなと、ハハハと笑いながら立ち上がった。

「じゃぁ、今日はこの辺で帰ります」
「もう?早くね?」

腕時計で時間を確かめながら言えば、リエが頬杖をついて笑って見せる。

「隈倉さんが負けた日は、優くん帰るの早いんですよ」
「ケーキ屋さんが閉まっちゃいますからね」

「ケーキ屋?」
「はい!今日隈倉さんがおやつに食べてたケーキです!」

あそこの店美味しいんですよと、ニコニコしながら会計を済ませていく。

「二人も来ますか?」

可愛い店員さんもいますよと誘って、三人で店を後にした。

「一砂さん鈍ーい」
「あの二人、ここ以外でも一緒に飲んだりしてるみたいなのに、まだ優ちゃんが女だって気づいてないのね」

「スミスさんはさすがに触ったら分かんだろ」
「「いやー!!」」

「触るとかいわないでよ!!」
「優くんはみんなの物なの!!」

「相手が隈倉さんだってそうそう認めないんだから!!」

それぞれ叫び声を上げていれば、ハナが固まったまま呟いた。

「女の、人?」

その呟きを聞いて、かおるとリエが振り返る。

「そうよ。あたしたちみたいに自分でそうなったとかじゃなくて、正真正銘女なの」
「優ちゃんってあの身長と顔でしょ?初対面で女って思われる事そうそうないみたいで、仕事でも勘違いされる事あるって。でも不都合無いみたいだし、自分からわざわざ言わないのよねぇ」

「いっそ男になっちゃえばいいのにっ」

そうすれば力ずくでも手に入れるのにと、優が居た時のようにリエと一つ席を空けて座った。

「ま、優くんが男だろうが女だろうが、優しくて男前で可愛い事に変わりはないからあたしはどっちでもいいんだけど」
「、」

キュッと、自分の小指にはめられているピンク色のリングを見る。

「おら、いつ客が来てもいいように準備しろ」
「「「は〜い」」」

マスターの言葉にみんなが動き出す。

ハナも、一拍遅れて動き出した。
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