3月のライオン(夢)
□隈倉1
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ディスプレイの中にショートケーキが一つだけ残っていた。
「ガトーショコラとチーズケーキ、ショートケーキを一つずつ」
「あ」
「?」
振り返れば、細身で背の高い青年が両手で口を押えていた。
「すいませんっ、なんでもないんです!って」
「?」
「ももももしかして隈倉九段ですか!?」
「そうだが」
「あああの!突然ですみません!!あ、握手していただけませんか!!」
頬を染めて差し出された手に、自分を知っているという事は将棋をするのだろうと、ポケットに入れていた手を出して握った。
その手は柔らかく、そしてとても細かった。
小さくはないのに、簡単に覆える程だった。
「い、いつも応援してます!!」
「ありがとう」
言えば、顔の赤みが増した。
そんなやり取りをした後、会計を済ませて店を出た。
「って事があったんだよマスター!!」
「それでんなに上機嫌なのか」
「うん!!」
「優ちゃん可愛い!」
行きつけの飲み屋で今日あった事を話していると、リエが隣に座って抱きついて来た。
「リエさんばっかりずるい!」
そう言って反対側から抱きついて来るかおる。
二人に抱きつかれても、その二人がいがみ合っていても、今の優はそれどころではない。
「いつも思うが。オカマに抱きつかれてよく平気だな」
「うっさいわよじじい!」
「あたしは女だって何回言ったらわかんのよ!」
「心はだろ!?てか誰が爺だ!」
まだそこまでじゃねぇよと言い合う三人。
今日もこの店のみんなは仲がいい。
ふと、リエとかおるの手が目に入る。
「それ、キレイだね」
「分かる!?昨日してもらって来たんだー!」
嬉しそうに爪を見せて来るかおるに、優は両手を取って微笑みかけた。
「明るい色にストーンで描いた花。かおるちゃんにピッタリ」
「、優くん」
「リエさんのは夜空?あ、宇宙かな。深い青が落ち着いてて、リエさんの雰囲気を引き立ててますね」
ガバッと抱きついて来る二人を見て、と言うか優に褒められた二人を見て、客の相手をしていなかった女の子たちが寄ってくる。
「優ちゃんを女にしておくのはもったいないわ!!」
「私優くんになら抱かれてもいい!」
優くん、優ちゃんと、本当に女だったり心だけ女だったりする集団に抱きつかれながら朗らかに笑って、
「みんなが彼女だったら、私この店に今以上に入り浸っちゃうよ」
ここにいると楽しいからと、半分くらい残っているウイスキーを一口飲む。
「「「優く〜ん(ちゃ〜ん)」」」
「お前ら仕事しろ!!」
マスターの雷で文句を言いながらも自分たちの持ち場に戻っていく面々。
そんなみんなに軽く手を振って見送りながら、カウンターに頬杖をつく。
「隈倉さんの手、大きかったなぁ」
「前から思ってたけど、優くんって手フェチ?」
「フェチとまでは行かないけど、うん。好きだよ」
「でもその人って棋士なんでしょ?じゃぁ、私みたいな感じ?」
リエが自分の手を持ち上げて見せてくる。確かに平均的な女性のサイズより大きな手をしているが、
「ううん。リエさんのは女の人の手だから、全く違うよ」
節くれだってはいるが、手入れが行き届いていてネイルも施されているキレイな手。
「隈倉さんのはもっとゴツゴツしてて、戦う人の手だった」
「なら近いのはマスターじゃない?」
かおるが向かいでグラスを磨いているマスターの手を示せば、その手を見て笑う。
「マスターの手は、どっちかって言うと私と近いよね」
「「どこが!?」」
「おい」
二人そろって全否定してくる事にツッコミを入れるマスター。
そんなやり取りを見て、優が笑い出す。
「物を作る人の手は似てくるものだよ」
言って、自分の手を見つめる。そんな優に、かおるが抱きついた。
「はぁ〜、妬けちゃうなぁ」
「?」
「ホント、罪な人ねぇ。その“クマクラさん”って」
「?」
首を傾げている優に、お代わりのウイスキーを出しながらマスターが笑った。
「お前もいっぱしの女だな」